第360話 綾奈達の用件

『真人。あんたがこの前高崎に来たときに、あたしら以外にいた二人の女子、覚えてる?』

 それって、俺が綾奈を呼び捨てに、そして初めてキスした翌日のことを言ってるんだよな?

「もちろん覚えてるよ。江口さんと楠さんだよね?」

 活発な感じの江口さんと、ちょっと物静かな感じの楠さん。二人とも美少女だ。

『そうそう。で、今日あんたが杏子センパイのいとこだって話したら、二人ともセンパイに会いたいって言い出してね。だから今日もそっちに行こうと思ってるんだよ』

「なるほどね」

 俺の友達は、みんな不特定多数に言いふらしたりしないって信用してるから、特に口止めはしなかったんだけど、綾奈と千佳さんが信頼を置いている二人なら問題もないか。

『中筋君久しぶり! 乃愛だよ』

 今まで沈黙を守っていた江口さんが挨拶をしてきた。声が弾んでるから、喋りたくて仕方がなかったのかもしれない。

「久しぶり江口さん。楠さんもいるの?」

『いるよ。久しぶり中筋君』

「うん。久しぶり」

 楠さんも挨拶をしてきた。相変わらず物静かだ。

『だ、だからね……今日も会いに行きたいんだけど……いいかな?』

 照れて口を噤んでいた綾奈がおずおずと聞いてきた。俺はもちろん歓迎なんだが……。

「あれ? そういや部活は?」

『今日は水曜日だから……』

「そっか休みか」

 高崎高校合唱部は学校のある平日は、月曜、火曜、木曜に部活があると二学期の始業式あと、綾奈のボディーガードをお願いされたときに聞いたっけ。

 なら水曜日の今日は部活がお休み。授業が終われば昨日同様まっすぐこっちに来れるってわけだ。

『だから、また会いにいっていい?』

「でも、二日連続でこっちに来てもらうのもなんか申し訳ないし……杏子姉ぇに言って今日は俺たちが高崎に向かうよ」

 綾奈や千佳さんは家とは逆方向の電車に乗ることになる。一駅しか離れてないとはいえ、こう連日こっちに来てもらうのは……ありがたいんだけどやっぱり悪い。

『大丈夫だよ。私もちぃちゃんもみんなに会いたいし、それに杏子さんがこっちに来ちゃったら、それこそ大騒ぎになっちゃうから』

「た、確かに……」

 そうだ。杏子姉ぇの地元がここって知ってるのは、風見高校の生徒や教職員以外だと知っている人は限られてくる。もし突然杏子姉ぇが高崎高校に電撃訪問したら、騒ぎになるのは間違いない。そうなると向こうの先生方……麻里姉ぇにも迷惑をかけてしまいかねない。

『ね? だから、私たちがそっちに行くよ』

「……わかった。悪いな」

『全然だよ。旦那様に会うのが楽しみだからむしろわくわくしてるもん』

「っ!」

 まったく……綾奈は隙あらばこっちがドキドキしてしまうセリフを言ってくるんだから。そんなこと言われたら……綾奈に会うのが楽しみすぎて午後の授業どころではなくなってしまう。

「ところで千佳。杏子先輩は千佳たちがこっちに来ることは知ってるの?」

 確かにそうだ。もし杏子姉ぇが知らなかったら、綾奈たちが来る前に杏子姉ぇが下校してしまう可能性だってあるもんな。

『綾奈が前の休み時間にメッセージを送って、秒でオッケーもらえたみたいだから大丈夫だよ』

 さすが綾奈。ちゃんと杏子姉ぇにアポは取っているみたいだ。

 綾奈から杏子姉ぇにメッセージを送るとき、きっとドキドキしただろうな。まさか憧れの女優に自分からメッセージを送る日が来るなんて思ってもみなかっただろうし。

「そっか。安心したよ。放課後は気をつけて来てね」

『うん……。ありがとう健太郎』

 千佳さんの声がめちゃくちゃ柔らかくなった。本当に健太郎が好きなんだな。

『それじゃあそろそろ昼休みも終わるから、切るね?』

 おっと、もうそんな時間か。最初は長く感じた昼休みだけど、綾奈たちと喋っているとあっという間だったな。

「うん。じゃあ綾奈、千佳さん、江口さんと楠さんも。放課後気をつけて来てね」

『うん。ありがとう真人』

『ありがとね』

『それじゃあ中筋君、それにみんなもまた後でね』

『放課後楽しみにしてる』

 俺たち風見高校サイドも、「バイバイ」とか「また後でね」と言って高崎高校サイドとの通話は終了した。

「マサ! アヤちゃんたち今日も来るって!」

 通話終了のボタンをタップした直後、杏子姉ぇが走りながら俺たちの教室に入ってきた。

「知ってる。さっきまで綾奈たちと電話してたから」

 というか廊下を走っていてよく注意されなかったな。

「え~!? なんで知ってるの!? う~昼休み始まってみんなに囲まれなかったらすぐにここに来て教えることができたのに……」

 どうやらさっきまでクラスメイトや他のクラスの人たちにもみくちゃにされていたみたいだ。人気者が故郷に帰ってきたら当然そうなるよな。宿命だと思って諦めてもらうしかない。

 その時、俺の教室の扉が勢いよくガラッと開いた。

「杏子先輩! よろしければ俺とハ───」

「帰れ!」

 さっきしっぽ巻いて逃げたのになんでこんなすぐに来れるんだ!? メンタルダイヤモンドかよ。

 隣のクラスの脳筋くんはすごすごと自分のクラスに帰っていった。

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