第356話 「俺の女」

 いきなり教室に現れて、そんなセリフを吐くものだから、俺のクラスにいた全員と、廊下にいた人が静まり返った。

 というか、なんでいきなりそんな展開になってるんだよ。

 十中八九杏子姉ぇ絡みなんだろうけど、俺とハグする意味がわからん。それよりもだ。

「……え~っと、どちらさまですか?」

 とりあえず、この人がどこのどなたかわからないと話にならない。……わかったところでハグはしないけど。

「俺は隣のクラスのもんだ!」

 同学年かよ!

 いい身体と身長で普通に先輩かと思ったわ。

「それで? なんで俺とハグなんかしたいんだ?」

「お前は昨日、杏子先輩とハグをした! なら、そんなお前をハグすれば、結果杏子先輩とハグしたことになるだろう! だからお前をハグさせてくれ!」

「「…………」」

 ……おい、どうしてくれんだこの空気。全員唖然として固まってしまったぞ!?

 いや、中にはさっきのセリフを聞いて、『なるほど』って顔してる奴が二人ほどいる!

 バカか!? バカなのか!? そんなことしても杏子姉ぇとハグしたことにはならないだろ!

「沈黙ということは、肯定と捉えてもいいということか?」

「いいわけあるか!!」

 もう、頭痛くなってきた。

「大体、俺とハグしてもそれはただ俺とハグしただけで、杏子姉ぇとハグしたことにはならない! 仮にお前の言うように、俺とハグすることで憧れの人と間接的にハグ出来るとしても、もうそれは上書きされてるからどうやってもお前は杏子姉ぇとはハグ出来ないんだよ!」

 昨日の放課後、綾奈が家に来た時に、膝枕、そしてイチャイチャもしたので、当然綾奈とハグもしている。

 だから、間接ハグ理論があったとしても、もう杏子姉ぇとハグしたことにはなりえないのだ。

「ぐぬぅ……ちなみにだが、お前の彼女は可愛いのか?」

「え? そりゃあ、めちゃくちゃ可愛いけど……」

 あ、さっきので俺が自分のとハグしたのを理解したようだ。脳筋って思ったけど頭は回るようだな。脳筋と思って悪かったな。

 学校一の美少女と呼ばれていた綾奈だ。可愛くないなんてのはあり得ないんだけど……杏子姉ぇの話をしていたのに、なんで急に綾奈の話になってるんだ?

「なら、お前とハグをすれば、そのめちゃくちゃ可愛い彼女とハグするこ───」

「おい……」

 こいつが言いきる前に、俺は自分でもほとんど出したことのない低い声でこいつの言葉を途中で止めた。

 それだけでなく、頭に血が上るのが自分でわかるほどに怒りが込み上げてきた。

「人の婚約者でふざけた真似しようとしてんじゃねぇぞ?」

「え? 婚約者?」

 俺は左手をそいつの前に出して指輪を見せた。

「これはその婚約者が贈ってくれた指輪だ。裏には特別なメッセージが刻印されている、な」

「ま、マジかよ……」

「これ以上俺の女でふざけたことをするなら、俺はお前を絶対に許さないぞ? さっきのお前の間接ハグが適用されるなら、お前は人の婚約者と関係を持とうとしているということだ。……もちろん、リスクを背負う覚悟があるから言ったんだよな?」

「い、いや、あの……」

「なんだよ? 言いたいことがあるならはっきりと言いなよ」

「す、すみませんでしたーーー!!」

 他クラスの脳筋男子は一目散に逃げていった。

「……ふぅ」

 まったく……杏子姉ぇだけでなく、綾奈にまで手を出そうとするとか、さっきのやつは節操がなさすぎるだろ。

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