第354話 夜、パートナーが隣にいなくて……
時刻は午後十時を過ぎた頃。
早朝ランニングと、放課後の杏子姉ぇ襲来で疲れた俺は、かなり睡魔に襲われていた。
お昼、綾奈を家まで送ってからリビングに入ると、母さんから香織さんと雛先輩と茉子についていろいろ聞かれた。
言うまでもなく、情報源は杏子姉ぇだ。
そりゃあ、年下のいとこが既にお嫁さんを見つけているのに、さらに美少女三人から告白……茉子のは偶然聞いてしまったんだけど、とにかく三人から好意を持たれていたことがあるって聞いたらびっくりするのは当然だ。
母さんからも、『どんな子なの?』とか、『綾奈ちゃんは知ってるの?』とか、『浮気してないでしょうね?』とか聞かれたけど、良好な友人関係を俺と綾奈共々築けていることを伝えたら質問は止んだ。
まぁ、綾奈と付き合うまで浮いた話が皆無だったから仕方ないか。
杏子姉ぇも明日からは落ち着いてくれるだろ。
「ふわぁ~……ちょっと早いけど、もう寝てしまおうかな?」
明日も早朝ランニングをするつもりだし、それに明日からは授業はしっかり六限まであるんだ。あまり夜更かしすると授業中に寝てしまいそうなので、やはりもう寝ることにしよう。
そう思ってスマホのアラームを朝の五時に設定していた時、綾奈から着信が入った。
「しまった」
アラームをセットしていた途中だったので、電話がかかってきた瞬間に通話ボタンをタップしてしまった。綾奈を驚かせてしまったかも。
「も、もしもし綾奈?」
『わわ、いきなり繋がったからびっくりしちゃった。こんばんは真人』
やっぱり驚かせてしまったか……。
「こんばんは綾奈。ごめんね驚かせて……」
『ううん、平気だよ。スマホ操作してたんだね』
「うん。明日のアラームを設定してた」
『そうなんだ。……ということは、もう寝ちゃうの?』
「そうだね。いろいろあって疲れたから……」
ここで俺は欠伸を一つした。
『そっか……。お疲れ様』
綾奈の声に元気がなくなった。せっかく電話してくれたのに話すことじゃなかったかな。
「ありがとう綾奈。それでその……どうしたの?」
『へ?』
「何か用があって電話してきたのかなって思って……」
『……怒らない?』
「もちろん。だから言って」
俺が綾奈を怒るわけないのに……こうして電話してきてくれたことがすごく嬉しいし。
『……い』
「え?」
『……寂しい』
「そっか」
そりゃそうだよな。一昨日までは一緒の家で、そして最後の二日は一緒のベッドで寝ていたんだから……。
昨日は日が暮れるまで一緒にいたけど、今日は昼には帰っていったもんな。俺をすごく好いてくれている綾奈が寂しがるのも無理はない。そして俺も……。
『……でも、真人はすごく眠たいみたいだし、そんな旦那様に迷惑はかけられないし、やっぱり切る───』
「綾奈」
『……なに?』
「このまま通話を続けようよ」
『で、でも! ……真人、疲れてるのに』
「確かに疲れてないって言ったら嘘になるよ。でもこうして綾奈が俺に電話をかけてきてくれたことが嬉しいんだよ」
『うぅ~……』
俺が眠そうにしてたから、本当は切らないといけないけど……でもそんなことを言われてすごく嬉しくなって切りたくない……みたいな葛藤してるのかな?
「それに嬉しいって思うのは、やっぱり俺も綾奈が隣にいてくれなくて寂しいって思ってたからさ……」
『……本当?』
「うん。冬休み中、ほぼ毎日寝る前まで一緒にいたし、何度か綾奈の温もりを肌で感じながら寝てたから、いざ綾奈が隣にいないって思ったら、やっぱりね……」
「まさと……」
やばい。そんなことを口にしてしまったから、本当に綾奈を抱きしめたくなってきた。
でも、今はいくら望んでも綾奈を抱きしめることは出来ない。だったら……。
「だから綾奈の可愛い声をいっぱい聞かせて。それだけで綾奈に包み込まれてる感覚になって安眠出来るから」
綾奈の声をしっかりと耳に、そして脳に記憶しておく。
今までさんざん聞いてきた綾奈の可愛い声だけど、寝る前に聞くのはまた格別だ。
『……ありがとう真人。大好き』
「俺も大好きだよ。……途中で寝落ちしてしまうかもだけど、その時は許してね」
『うん。無理しないで、寝たいときは遠慮なく寝ていいからね』
「ありがとう綾奈」
こうして俺は、自分が寝落ちするまで綾奈との会話を楽しんだ。
翌朝目が覚めると、身体の疲れはすっかりなくなっていた。
綾奈の声には本当にヒーリング効果があるのかもしれないな。
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