第349話 綾奈と杏子の出会い
下駄箱でスニーカーに履き替えたところなんだけど、ここに来るまでのみんなの視線が痛かった。
今日転校してきた有名人が、笑顔で俺の手を引っ張りながら歩いているんだから、そりゃあ周囲の目を引くに決まっている。
その目が俺に向くのも必然で、『氷見杏子さんに手を引っ張られているあの男は何者なんだ!?』って視線をこれでもかと感じた。
さっきの教室でのやり取りといい……こりゃあしばらくは大変になるかもしれないな。
「マサ何やってんの? 早く校門に行くよ!」
「わかったから、引っ張らないでよ杏子姉ぇ」
ローファーに履き替えた杏子姉ぇが、また俺の手を引っ張り歩き出す。
「え~だってマサ逃げそうだもん」
「綾奈を待たせて逃げるわけないじゃん……」
俺をなんだと思ってるんだよこのいとこの姉さんは。
「ちゃんと紹介するから手を離してくれよ」
「それにしても綺麗な指輪だね~」
「っておい!」
杏子姉ぇは立ち止まって、俺の左手の薬指にある指輪をまじまじと見始めた。
人の話を聞いちゃいねぇ……。
「これはやっぱりその婚約者から貰ったの?」
「当たり前だろ」
「その子マサのことめっちゃ好きじゃん! 早く会いたいから行くよマサ!」
「だから離してって!」
そんな俺の訴えを見事にスルーして、杏子姉ぇは歩くスピードを速めて校門へと向かう。
「あっ!」
校門が近づき、綾奈が俺を見つけた。
「まさと~……って、ふえぇぇ!?」
俺を見つけ、笑顔で手を振ったかと思えば、俺を引っ張っている杏子姉ぇを見て本気で驚いていた。
「ま、ま、真人!? なな、なんで杏子ちゃんがここにいるの!? それに、真人の手を引っ張って……」
綾奈は杏子姉ぇを見てわなわなと震えている。
ここまでテンパっている綾奈も珍しいな。
「あ、綾奈。ちょっと落ち着いて」
「ねぇマサ」
「なに? 杏子姉ぇ」
「このめちゃくちゃ可愛い子がマサの?」
「うん。俺の婚約者だよ」
「マサ!? 杏子姉ぇ!?」
綾奈がさらに混乱してしまった。
そういえば、綾奈って杏子姉ぇの大ファンだったな。
クリスマスイブのデートで、そう言ってたな。
「綾奈。知ってると思うけどこの人は───」
「氷見杏子……本名は中筋杏子だよ。マサとはいとこなの。よろしくね、マサのお嫁さん!」
「さ……西蓮寺綾奈です。真人の恋人で妻です……って、いとこ!?」
当然だけど、俺と杏子姉ぇがいとこって言うと、絶対に同じリアクションをするよな。
「うん。よろしくねアヤちゃん」
「あ、アヤちゃん……ふえぇ」
綾奈が早速杏子姉ぇにあだ名で呼ばれて、そんな憧れの人にあだ名で呼ばれた綾奈はキャパオーバーを起こしたのか、感極まってちょっと涙ぐんでしまった。
「ど、どうしたのアヤちゃん!?」
「綾奈は杏子姉ぇの大ファンなんだよ」
俺はすぐに綾奈の近くに行き、綾奈の頭を優しく撫でた。
すると、綾奈は俺の胸に自分の額をくっ付けてきた。可愛い。
「マジ!? こんな可愛い子が私の大ファンだなんて嬉しいなぁ。ね、アヤちゃん。アヤちゃんのこともっと知りたいから、今日は私と一緒にいようよ。私もアヤちゃんのこともっと知りたいし!」
「それは遠慮しますぅ……真人と一緒にいる時間が減っちゃうから……」
杏子姉ぇも綾奈を気に入ったらしく、もっと綾奈と仲良くなりたいからか、そんなことを言ったんだけど、綾奈に即答で断られてしまった。
「あはは。マジでマサにベタ惚れじゃん。さすがマサのお嫁さん」
「っ!」
俺は、大ファンの杏子姉ぇよりも俺を選んでくれたという嬉しさから照れてしまい、顔を右に逸らし、右手の甲で口元を隠した。
「……真人かわいい」
「見てないのになんでわかるの綾奈!?」
まだ額を俺の胸に当ててるから、俺がどんな仕草をしてるか見えないはずなのに。
「なんとなく。真人は照れてるなって」
「すごっ! ホントに夫婦みたいじゃん!」
なんかこのままだと話が進まない気がするから、千佳さんのことを聞いた方がいいな。
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