第347話 再会を喜ぶ杏子

 三学期早々、俺の教室はカオスな状況だった。

 依然として杏子姉ぇは俺に抱きついてるし、一哉達は人気女優が俺に抱きついている現実に硬直してるし、他のクラスメイトもまさか人気女優がこの学校に転校してきたことにもびっくりしてるし、廊下にいる野次馬……もとい他クラスの同学年や上級生の皆さんも同様だった。

 ただ一人、茜を除いて。

「も~マサ。久しぶりにお姉ちゃんが帰ってきたんだからもっと嬉しそうにしてよ」

 この姉……なんでこの状況で普通にいとこの再会を楽しんでんだよ!? これが女優のメンタルか?

「き、杏子姉ぇ。わかったからちょっと離れてよ!」

 これ以上は杏子姉ぇのファンの暴動が起きかねないと思った俺は、無理やり杏子姉ぇを引き剥がした。

「も~マサったら照れちゃって~」

「再会は嬉しいけど、場所を考えてくれよ杏子姉ぇ……」

 俺は杏子姉ぇに、周りを見るように促した。

 杏子姉ぇも辺りを見渡し、やってしまったことに気づいた。

「あはは……ごめんね。早くマサに会いたかったから、あかねっちに頼んで連れてきてもらったんだよ。それにしても……」

 杏子姉ぇは俺を上から下までじ~っと観察するように見てくる。いとことはいえ、綺麗な人にまじまじ見られると居心地が悪い。

「な、なんだよ……」

「いや~すっかりたくましくなっちゃって! 小さい頃は泣き虫だったのに。ね~あかねっち」

「本当にね。泣き虫だった真人が、私たちの誰よりも早くお嫁さんを見つけたんだからね」

「茜!」

 そのことをこんなギャラリーが多いところで言うなよ!

「ち、ちょっと待て!」

 硬直が解けたのか、一哉がさっきより強い口調で待ったをかけた。あまりの驚きで前に出した手が震えている。

「あ、茜、真人。お前ら、氷見杏子……さんとはどういう関係だ!?」

「そうだよ! 真人君も茜先輩も、なんで有名人とそんな普通に話してるの!?」

「さっき『お姉ちゃん』って言ってたけど、真人ってお姉さんいたの?」

 そうだよな。杏子姉ぇについては全く喋ってこなかったもんな。三人の疑問も当然だ。

「えっと、実は杏子姉ぇとはいとこなんだよ」

「「「いとこ!?」」」

 他のクラスメイトや廊下にいる人たちも三人と同じリアクションをした。

「そ。父さんのお兄さんの娘で、十年以上前に俺ん家の近くに住んでて、茜と三人でよく遊んでたんだよ」

 当然美奈もいたんだけど、当時の美奈はまだ幼稚園児で、家から離れて遊ぶのは危なっかしかったので、あまり外で一緒には遊んでいなかった。

「お前それならそうと最初から言えよ!」

 一哉がここにいる全員思っているであろうことを大声で言った。

 周りのみんなも、うんうんと頷いている。

「いや杏子姉ぇがこんな有名人になってるの、最近まで知らなかったんだよ。俺、あまりテレビ見ないし」

 家にいる時はもっぱらゲームか動画サイトを見てるし、テレビ番組なんてご飯時にしか見ない。

「なら茜は!?」

「私はけっこう前から知ってたけど、言いふらすのもどうかな~って思って言わなかったの」

「ま、マジか……」

「ねぇマサ」

 俺から離れて静かにしていた杏子姉ぇが、俺の制服の袖を軽く引っ張りながら呼んだ。

「なに?」

「この三人って、マサやあかねっちと仲良いの?」

「うん。三人とも友達で、この一哉は茜の彼氏だよ」

「そーなんだね!」

 杏子姉ぇの顔がパッと明るくなり、俺から離れたと思ったら、三人の前に移動した。

「こほん……改めて、マサのいとこであかねっちとは小さい頃からの親友の中筋杏子です。良かったら私とも仲良くしてね?」

 杏子姉ぇは自己紹介をウインクで締めくくった。

 それを見た三人と、三人の後ろにいたクラスメイトは、その圧倒的可愛さに思わず顔が赤くなっていた。

「えっと、山根一哉です。真人の親友と茜の彼氏をやらせてもらってます」

「清水健太郎です。真人と東雲先輩は大事な友達です。こちらこそよろしくお願いします」

「……北内香織です。同じく真人君と茜先輩の友達です。その……お会いできて光栄です」

 三人もそれぞれ杏子姉ぇに自己紹介をした。

 てか、香織さんって杏子姉ぇのファンなのかな? 頬が赤くなって照れてる感じだ。

「かずっちと、ケンくんと、かおちゃんだね。うん、よろしくね」

 この天真爛漫さといい、やたらとあだ名をつけたがるところいい……マジで杏子姉ぇだわ。

 茜を『あかねっち』って呼んでるから、その彼氏の一哉も『かずっち』って呼んだんだろうな……。

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