第339話(第4章最終話) 俺たちだけの特別な儀式

 綾奈の家へと向かう道中、俺と綾奈は無言で歩いていた。

 俺の右手には綾奈から預かったキャリーケース。左手は綾奈の右手と繋がれている。

 たまに吹く強い風の音と、キャリーケースのローラーがアスファルトと擦れるゴロゴロといった音、そして俺たちの靴がアスファルトを踏む音だけだ聞こえていた。

 綾奈が俺の左手と繋いでいる右手に少しだけ力を込めた。

 俺はそれに気づくと、綾奈の方を見た。

 すると、綾奈は頬を赤くして、俺に微笑みかけていた。

「っ!」

 何度も見ているはずの綾奈のそんな表情にドキッとしながらも、俺も微笑み返して左手に少しだけ力を込めた。

「っ!」

 すると、俺のその笑みを見た綾奈は頬をさらに赤く染め、ドキッとした表情を見せたかと思ったら、すぐに正面を向いてしまった。

「……」

 俺はそんな綾奈が愛おしくなり、さらに目を細めて、口の端を上げた。

 俺が視線を正面に戻してから少しして、綾奈がチラチラと俺を見ているのに気付いて、俺はまた綾奈を見た。

「えへへ♡」

 そしたら綾奈はふにゃっとした笑みを見せてくれて、今度はそれを見た俺がドキッとさせられてしまった。

 言葉を交わさなくても、俺たちは愛し合っていて、しっかりと心で繋がっている。本来見えないはずの絆が、しっかりと見えた気がした。


 それから五分くらいして、綾奈の家に到着した。辺りはほとんど暗くなっている。

 家の前で足を止めた俺たち……だけどお互いに繋いでいる手は離さずに、じっと立っていた。

「……着いちゃったね」

「うん……」

 なんか、この手を離したら、いよいよ本当に綾奈のお泊まりが終わるんだなって思ってしまって、手を離したくない衝動にかられる。

「……手、離すよ?」

「……うん」

 そんな衝動に塗りつぶされる直前、俺は自分に言い聞かせるためにも声に出して、綾奈の手をゆっくりと離した。

「まさと……」

「うん……。俺も同じ気持ちだよ」

「うぅ~……」

 綾奈は眉を下げて、今にも泣きそうな顔をして、か細い声で俺を呼んだ。

 綾奈は俺と離れたくないって思ってくれている。言葉にしなくてもちゃんとわかってる。

 だって、俺も綾奈と離れたくないんだから。

「そうだ。綾奈、左手をこうやって出して」

 俺は自分の左手を、手のひらが綾奈の正面に向くように自分の胸の辺りに出した。

「? こう?」

 綾奈は首を傾げながら、俺の言う通りに左手を出てきた。

 もう辺りは暗いけど、綾奈の左手の薬指にあるピンクゴールドの指輪はちゃんと見えている。

「そう……そのままにしといてね」

 俺は自分の左手をゆっくりと綾奈に近付けていき、そして、綾奈の左の手のひらとピタッと合わせた。

「真人。これって……」

「その……なんていうか、俺たちが贈りあったこの指輪。これは俺たちの絆の象徴みたいな物って俺は思っててさ。そんな指輪をしている左手同士を合わせたら、俺たちだけの、特別なやり取りが出来るかなって思って合わせてみたんだ」

 この左手のひらを合わせる行為は、俺たちをよく知る一哉たちが見たら、特別なやり取りっていうのは一目瞭然だと思う。

 だけど、特別ってみんながわかってても、この行為は、今はまだみんなには出来ない。

 左の手のひらを合わせる……恋人ならありきたりなその行為も、指輪を贈りあった俺たちだからこそ意味合いが違ってくる、特別な儀式……みたいなものだ。

「私たちだけの……特別な、やり取り」

「うん。……ど、どうかな?」

「……嬉しい。すごく、すごく嬉しい」

「良かった」

 綾奈も気に入ってくれて一安心だ。

「真人。これ、毎日やりたい!」

「毎日!?」

 予想以上に気に入ったようだ。

「うん。朝の登校の別れ際や、デートが終わる時、お泊まりの寝る前とか、そういう時に毎回やりたい……ダメ?」

 上目遣いで見てくる綾奈に、俺はドキドキする。

 そんな顔をしなくても、俺の答えは初めから決まってるよ。

「もちろんいいよ。じゃあ明日からもこれ、やろうな」

「うんっ!」

 俺たちは満面の笑みで笑い合い、繋がっている左手同士の指を絡め合った。

「綾奈」

「真人」

 お互いの名前を呼び合い、どちらともなく顔を近付けて、唇を重ねた。

 十秒ほどで唇を離した俺たち。ゆっくりと左手も離した。

「じゃあ、綾奈」

「……うん」

「また明日ね」

「うん。また、明日」

 俺は西蓮寺家の敷地の外で、綾奈が玄関に入るまで見ていることにした。

 綾奈はゆっくりと歩き出し、玄関の目の前で踵を返して俺を見た。

「真人……!」

「なに? 綾奈」

「愛してる!」

「俺も愛してるよ!」

「また明日ね!」

「うん。また明日!」

 愛を伝えあったあと、綾奈は再び玄関に向き直り、ゆっくりと玄関の扉を開け、それから俺に手を振りながら家の中へと入っていった。

「……」

 これで、本当に綾奈がいる冬休みは終わったんだな。

「あっという間だったな」

 今夜から、綾奈のいない生活に戻ると思うと、やっぱり寂しいけど、二週間の我慢だ。

 二週間後の週末は、今度は俺がここに泊まりに来て、綾奈の誕生日を一緒に過ごすんだから。

 だからいつまでも寂しがってないで、二週間後のことを考えて、楽しみを募らしていこう。

「さて、帰るか」

 俺は夜空を見上げて呟くと、この二週間で少し増えた体重を少しでも減らそうと、家まで走って帰るのだった。



「んふふ~。いよいよ明日かぁ。何も言ってないから、みんなきっとびっくりするよね。待っててねあかねっち、みっちゃん、そして……マサ!」





 ここからはあとがきになります。


 どーも水河悠です。

 いつも『中学時代、学校一の美少女に恋した俺。別々の高校に進学した好きな人本人から、ボディーガードとして一緒に下校してほしいとお願いされた』をお読みいただき、ありがとうございます。

 第4章の冬休み編はこれにて終了となります。

 この4章だけで約半年間の長期にわたる連載でした。

 予定ではもう少し短くなる予定でしたが、あとから書きたいことが、アイディアが出てきて、それを書いていたら4章全体で約30万文字というとんでもない文字数になってしまいました笑

 真人君と綾奈さんのラブラブな(だけじゃない)冬休みを少しでも楽しんでいただけたら作者としてこれほど嬉しいことはありません。


 さて、5章からは3学期に突入ですが、この4章最終話の最後に謎の女性が出てきましたね。

 この女性が、5章のキーになる人物です。

 実は4章で出す予定だったのですが、『新学期始まってから出した方が面白いかも?』と思い、登場を遅らせました。

 一体彼女は何者で、真人君、美奈ちゃん、茜さんとどのような関係があるのかは、ぜひ5章をお読みいただき皆様の目で確かめてください!

 そして第100話で初登場した綾奈さんの友人2人も名前付きで再登場し、以後ちょくちょく出てきます。

 そんな第5章は、5月21日よりスタートします。

 ストックが続く限り毎日更新頑張っていきますので、皆さまこれからもよろしくお願いいたします!

 それでは、水河悠でした!

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