第338話 いよいよ帰る時

「忘れ物はない?」

「うん。大丈夫だよ」

 俺と美奈の部屋に忘れ物がないか最終確認を終え、俺は綾奈の持ってきたキャリーケースを持ち、綾奈と美奈と一緒にリビングへと降りた。

 リビングに入ると、父さんと母さんがいて、俺たちに気づいた二人が椅子から立ち上がり、俺たち……というか綾奈に歩み寄った。

「良子さん、雄一さん。二週間お世話になりました」

「綾奈ちゃん。この二週間は本当に楽しかったわ。またいつでも来ていいからね」

「綾奈さんがうちに来て、家族の雰囲気がさらに明るくなったよ。良子も言ったけど、ここは綾奈さんの家でもあるんだから、遠慮しないでいつでも来るといいよ」

「とても……嬉しいです。本当にありがとうございました。その……お義父さん、お義母さん」

「「「「えっ!?」」」」

 綾奈が俺の両親を『お義父さん』『お義母さん』呼びしたことにより、父さんたちがめちゃくちゃ驚いた顔をしている。

 これまで綾奈が俺の両親をそう呼んだことがなかったから、最後の最後でそう呼ばれたら、誰だって面食らってしまうよな。俺も美奈も驚いたし。

 父さんと母さんの驚きはほんの数秒で、その表情はすぐに笑顔に変わった。

 母さんは笑顔のまま綾奈に近づいて、優しく綾奈を抱きしめた。

「お礼を言うのはこっちの方よ綾奈ちゃん。あなたは真人が変わるきっかけを作ってくれた。真人が変わる前も、もちろん可愛い息子だったけど、綾奈ちゃんのおかげで今は外見も中身も前とは比べ物にならないくらい成長したわ。本当にありがとう綾奈ちゃん」

「お義母さん……」

 綾奈も母さんの背中に手を回した。

 母さんはクリスマスの日に、綾奈にお礼を言わなくちゃって言ってたけど、まさかここで言うとは……。いい場面なんだけど、やっぱり小っ恥ずかしいな。

 それから父さんも二人に近づいて、綾奈の肩に手を置いた。

「綾奈さん。せっかく冬休み中泊まってくれたのに、あまり話が出来なくて悪かったね。綾奈さんさえ良ければ、今度泊まりに来てくれた時は色々と話をしよう」

「はい! 楽しみにしてます。お義父さん」

 俺の両親と婚約者の心温まるやり取りを見て、目を細め、口の端を吊り上げたんだけど、途中から俺の視界が滲んだ。

 ここ数日で本当に涙脆くなったな。これじゃあ本当に昔みたいに『泣き虫』って言われてしまう。

「お兄ちゃん今日も泣いてるじゃん」

「……そういう美奈だって」

 どうやら美奈も、俺たちの両親と綾奈のこのやり取りを見て感動しているようだ。

「だって、お義姉ちゃん、本当にうちの家族の仲間入りをしたんだって思ったら……」

 既に仲間入りをしていたが、綾奈が両親を『お義父さん』『お義母さん』呼びしたことにより、さらにそれが現実味を帯びた形となった。

「さ、綾奈ちゃん。もうすぐ日が暮れるから」

「はい……」

 これ以上ここにいたら帰る頃には真っ暗になってしまうので、綾奈も両親も名残惜しみながら離れた。

 そのタイミングで、俺は一足先に靴を履いた。

「綾奈。それ持つよ」

「うん。……ありがとう真人」

 俺は綾奈からキャリーケースを受け取り、綾奈も靴を履いた。

 そして見送りの両親と美奈の方に振り返り、笑顔でこう言った。

「お義父さん、お義母さん、そして美奈ちゃん。この二週間本当にお世話になりました。とっても、とっても楽しかったです。その……またお泊まりに来た時はよろしくお願いします!」

 綾奈はそれだけ言うと、深々と頭を下げた。

「こちらこそありがとうね綾奈ちゃん。また泊まりに来てくれるのを楽しみに待ってるわ」

「いつでも歓迎するよ綾奈さん」

「お義姉ちゃん……」

 綾奈が顔を上げると、美奈が綾奈に抱きついた。

「また来てね? 約束だよ!?」

「うん。必ずまた来るからね美奈ちゃん」

 綾奈は抱きついてきた美奈の頭を優しく撫でた。

 この冬休み、義姉妹最後の触れ合いだ。黙って見ていよう。

 少ししてから、美奈は綾奈から離れた。

「またね。お義姉ちゃん」

「うん。またね美奈ちゃん」

 二人の表情は笑顔だった。

 あぁ、なんだかとても美しくて尊いな……。

 俺は綾奈だけでなく、美奈の笑顔にもそんな感想を抱いていた。

 そうして俺は、綾奈を送っていくために、綾奈と一緒に外へと出た。

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