第337話 綾奈、真人を襲う?

 午後三時半。

 ドゥー・ボヌールを後にした俺たちは自宅に帰ってきて、手洗いうがいをして三人で二階に上がった。

「じゃあお義姉ちゃん。帰るときにお見送りするからね」

「わかったよ。ありがとう美奈ちゃん」

 それだけ言って、美奈は一人で自分の部屋に入っていった。

 それを見て、俺は綾奈と一緒に自分の部屋に入った。

 綾奈が帰るのは午後五時。

 これが冬休み、この家での最後の二人きりの時間だ。

 俺がドアを閉めた瞬間、部屋に先に入っていた綾奈は踵を返して俺に抱きついてきた。

「綾奈……」

 俺はゆっくり、そして優しく綾奈を抱きしめる。

「……真人」

 綾奈はくぐもった声で俺を呼んだ。

「なに?」

「もっと、強く抱きしめて……」

「……りょーかい」

 俺は綾奈を抱きしめる力を強め、左手で優しく綾奈の頭を撫でた。

 綾奈も両手を俺の背中に回し、強く抱きしめてくる。

「……帰りたくない」

「っ……俺も、綾奈を帰したくない」

 この冬休みが始まったときから、今日帰らなければならないというのは頭ではわかっていた。

 でも、いざその時が間近に迫ってきたら、やっぱりそう思うわけで……。

 今夜からまた、綾奈が傍にいない生活に戻ってしまう……この夢のような冬休みから現実に引き戻されるような感覚。

 目覚めなければいけないとわかっているのに……それを拒否したくてたまらない。

「でも、ちゃんと帰らないとね」

「……うん」

 でも、拒否したら俺と綾奈の家族に迷惑がかかってしまうから、この夢から覚めないといけない。

「だから、綾奈が帰るまでこうして抱きしめさせて」

「私も……帰ってから寂しくないように、真人に抱きしめてもらってる感覚や真人の温もりと匂いを少しでも多く刻みつけておくよ」

「俺も」

 俺たちはさらに抱きしめる力を強め、しばらく抱きしめあったあと、軽く唇を合わせたキスをし、ベッドに移動して腰掛けた。

 綾奈は俺の右側に座り、俺から距離を取ったと思ったら、上半身を俺の方へ倒し、そのまま頭を俺の膝の上に乗せてきた。

「頭なでて~」

「あぁ」

 俺は綾奈のリクエスト通り、優しく頭を撫でる。

「きもちいぃ~……えへへ♡」

 本当に気持ちよさそうで、綾奈の表情はとろんとしている。

 こうやって自分から何かをしてってリクエストしてくる綾奈も珍しいな。帰る時間まで、とことん甘え倒すようだな。

 もちろん俺も望むところだ。五時までの一時間半、綾奈をめちゃくちゃ甘やかすつもりだ。

「手、握って~」

「うん」

 綾奈は右手を出してきたので、それを左手で握り、俺の左膝に乗せた。

 綾奈……甘えモードマックスになってるな。

 このモードの綾奈を見るのは冬休み中では二回目だな。

 俺にだけ見せてくれる、特別甘えん坊な綾奈。

 だけど、このモードの綾奈は、俺にはかなり危険なんだよ。

 普段の綾奈は、ある一定のボーダーになると自制心が働き、過度なスキンシップをする前にちゃんと確認するんだけど、今の綾奈にはそれがない。

 軽くブレーキをかけるのがいつもの綾奈だとしたら、甘えモードマックスの綾奈はそのブレーキがぶっ壊れている。

 気を引き締めないと、俺の理性が簡単に溶けてなくなる。

 俺が理性の壁を分厚くしていると、綾奈は自身の右手を繋いでいる俺の左手……の薬指にしている指輪を、親指と人差し指で触りだした。

「まさとの指輪~」

「そうだよ。綾奈がプレゼントしてくれた、大切な指輪だよ」

「まさとは、私の旦那様」

「そ、そうだよ……」

「にへへ~旦那様大好き~♡」

「っ! お、俺も大好きだよ」

 お、落ち着け俺! 理性をしっかりもて!

 綾奈はもうすぐ帰る時間なんだ……変な気起こすなよ。

 俺が目を瞑り、頭で素数を数えていると、綾奈は手を離し起き上がった。

 甘えモードマックスが解除されたのかと一安心した俺。

 だが、まだ気を緩めてはいけなかった。

「っ!?」

 起き上がった綾奈は、すぐに俺の傍に座り、そのままの勢いで俺にキスをしてきた。

 それだけじゃなく、綾奈は俺を押し倒してきた。

 前回の甘えモードマックスでも、自分からこうやってキスをしようとしてきたから、もしかしたら今回も来るのではと思ってはいたけど、油断していた隙にくるとは……俺のお嫁さん、やるなぁ……。

 そして俺の理性もやっぱり機能しなくなり、押し倒されたまま、綾奈の背中に手を回し、激しく綾奈の唇を求めた。

 こうして俺たちはスキンシップをし続け、五時十分前に俺のスマホのアラームが鳴り我に返った。

 あらかじめアラームを設定しておいてよかった。

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