第325話 アクシデント

「綾奈!」

「凛乃!」

 俺と菊本夫妻も二人に駆け寄る。

「綾奈、熱くない!?」

「大丈夫。けっこう冷めてたみたいだから火傷の心配はないよ。ありがとう真人」

 よかった。綾奈は無事みたいだ。

 でも、綾奈のTシャツはさすがにダメみたいだ。カフェラテがベッタリと付いてしまっているので、これはこの場では落としきれないだろう。

「凛乃! お前、なんてことしてんだ!」

「ごめんね綾奈ちゃん。うちの娘が」

「い、いえ。私は全然……」

「うぅ……うえぇ……ご、ごめ……」

 凛乃ちゃんが泣きそうになっている。

 義之さんの叱責と、自分がやらかしてしまったことの罪悪感から、堪えきれなくなってるみたいだ。

 凛乃ちゃんも自分が悪いとわかって反省している。だからこれ以上、大勢の人の前で叱るのはあまりにも酷だ。

「義之さん。待ってください」

「だけど真人君! 娘は綾奈ちゃんに……」

「わかっています。だから、ここは任せてください」

 俺は立ち上がり、凛乃ちゃんの正面まで行くと、凛乃ちゃんの目線に合わせるようにしゃがんだ。

 凛乃ちゃんの目から涙がこぼれている。

 多分、俺も凛乃ちゃんを怒ると思っているんだろう。身体も震えてるし。

「凛乃ちゃん」

「は、はい……」

「怪我はない?」

「……え?」

 まさか自分の心配をされるとは思ってなかったであろう凛乃ちゃんは目を見開いていた。

「外傷は……ないみたいだけど、どこか痛いところはないかな?」

「わ、私は大丈夫、です。綾奈さんが、抱きとめてくれたから……」

 俺は凛乃ちゃんに微笑みかけて、手をゆっくりと凛乃ちゃんの頭の上に置いた。

「そっか。良かった。これからは気をつけるんだよ」

「あ、あの……えっと……はい」

「…………」

「ま、真人君……しかし娘は……」

 俺が取った行動が予想外すぎたのか、麻子さんは黙ったまま驚き、義之さんはそれでも凛乃ちゃんのしでかしたことへの俺の対応に納得がいってないみたいだった。

「義之さん。凛乃ちゃんはもう十分自分で反省しています。だからこれ以上怒る必要はないと思います」

「……綾奈ちゃんも、そうなのかい?」

「はい。私も真人とまったく同じ考えです。凛乃ちゃんはわざとやったわけではないですし、ちゃんと自分がいけなかったと自覚しています。私からもお願いします。これ以上凛乃ちゃんを怒るのはやめてください」

「あやな、さん……まさとさん……」

「君がそう言うなら……凛乃、悪かった。今度から気をつけるんだぞ」

「うん。ごめんなさい」

 一時はどうなるかと思ったけど、どうやらこれで一件落着のようだ。

 楽しむために来た遊園地で、家族仲が悪くなるのは悲しいし、嫌な思い出として残ってしまう。

 義之さんと凛乃ちゃんとは知り合ったばかりとはいえ、やっぱり帰るまで笑顔でいてほしいと思う。

「やったね真人」

「綾奈のおかげだよ。ありがとう……あー」

 俺は綾奈の着ている白いTシャツを見た。

 カフェラテがガッツリ染み込んだそのTシャツ……どうにかしないとな。

「そうだわ! この遊園地のゲート近くにお土産屋さんがあって、確かここのオリジナルTシャツも売ってたはずだから、綾奈ちゃん。Tシャツの代金を立て替えさせてくれないかしら?」

「へ? いえ、そんな……」

「そ、そうです。それは俺たちが買いますから、皆さんはお気になさらず……」

「真人君、綾奈ちゃん。我々にも大人としての意地があるんだ。さっき若い君たちにああまで言われただけで、俺たちもこのままでは引き下がれない。ここは俺たちに格好をつけさせてはもらえないだろうか?」

「ど、どうしよう真人……」

 俺は腕を組んで、「う~ん」と唸り考える。

 正直、この話は俺たちが許してそれで終わりだと思っていた。

 俺たちが気にしていないのだから、これ以上菊本さん親子が気にすることはないけど……と、そこまで考えた俺はハッとした。

 もし俺が、菊本さんたちの立場だったらどうだ?

 そうなってしまったら、俺は何がなんでも迷惑をかけてしまった相手に替えの服を用意するか、クリーニング代を立て替えたりしていたはずだ。

 今の菊本さん親子がその考えなら、話し合いは平行線をたどってしまう。

 それに、義之さんもさっき言っていたが、大人の意地やプライドってやつもあるんだろうな……。

 よし、決めた!

「綾奈。義之さんの言葉に甘えようよ」

「ふぇ!?」

 驚く綾奈に、俺がさっき義之さんたちの立場になって考えたことを耳打ちで伝えた。

「た、確かに。私も何かの形で責任を取ろうとするかも」

「ね? だから、ここは義之さんたちの顔を立てると思って」

「わ、わかった」

 耳打ちでの話し合いも終わり、俺と綾奈は義之さんたちに向き直った。

「えっと、じゃあ、お願いします」

 俺の返事に、義之さんと麻子さんは笑顔になった。

 そうして俺たちはお土産屋さんに移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る