第321話 綾奈の小さい頃からの憧れ

 早足で移動した俺たちが最初にやってきたアトラクションは、メリーゴーランドだ。

 回ってているそれを少し離れたところから見ているのだが、やはり親子連れが多いな。

 女の子同士やカップルもいるんだけど、やっぱり親子連れが目立つ。

「わぁ~……」

 綾奈もメリーゴーランドを楽しむ親子を見て感動? しているのかのような声が出た。

 将来、子どもが出来たら、あんな親子のような幸せな関係を想像しているのだろうか?

「綾奈もああいう親子に憧れる?」

「へ? あ、あぁ、うん。それもあるんだけど……」

 どうやらそうではなかったみたいで、綾奈は頬を赤らめもじもじしている。

「どうしたの?」

「え、えっと……笑わない?」

「笑わないよ」

 メリーゴーランドで笑われるかもしれない前提の話って、どんなだ? 全く見当がつかん。

「うん。……あのね、わ、私も、あんな風に乗りたいなって……」

 綾奈が手を指した方を見ると、それは馬の乗り物に乗っているお父さんと女の子だった。

「あんな風って……え? あれ?」

「う、うん」

「えっと……聞くけど、それは将来の俺たちの子どもとってこと?」

「ま、真人との子ども……」

 綾奈は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そんなリアクションをされると俺も照れてしまうんだけど……。

「し、将来そうしたいけど、今言ってるのは、真人とあんな風に乗りたいってことだよ」

「ああ、なるほど」

 いや、まぁ、なんとなくわかってたんだけどね。綾奈が何を思って言ったかってことは。

「私も、小さい頃は白馬の王子様に憧れていたから、それを思い出して、ちょっと乗ってみたいなって……うぅ……」

 綾奈はまたもじもじしだしてしまった。言ったはいいけど、やっぱり恥ずかしくなってしまったのかな?

 俺としては、小さい頃の綾奈を少し知れて嬉しかったし、今の照れてもじもじしている綾奈が可愛すぎるんだが、まぁ、綾奈のその願いは叶えてあげられないな。

「めちゃくちゃ可愛いエピソードだったから笑ったりは全然ないけど、ちょっと無理かな。あれは大人が二人で乗るように設計されてないだろうし」

「あぅ……」

 ちょっと夢のない返答をしてしまったことに心を痛めてしまったが、肝心なのはそこではない。むしろ俺だ。

「それに、俺は白馬の王子様ってガラじゃないしね」

 俺にそんなポジションは似合わない。

 最近、綾奈以外にも『かっこいい』と少しだけだが言われるけど、それは俺の痩せる前の姿を知らない人だったり、香織さんみたいに、俺がタイプだと言ってくれる人にほぼ限定される。

 白馬の王子様が似合うのは、誰が見てもイケメンと思う健太郎や翔太さんみたいな人にこそ相応しいと俺はと思う。

「……私にとっての白馬の王子様は真人だけだもん」

 だけど、綾奈は俺をそう言ってくれる。照れくさいけど、やっぱり言われるとすごく嬉しい。

「……じゃあ、俺たちの結婚式で一緒に乗ろうか?」

「え?」

「SNSとかでさ、そういう写真を見たことがあるからさ。あーでも、さすがに遊園地を貸し切りってわけにはいかないだろうから、本当に白馬を用意してもらうとか?」

 言っている途中で、遊園地貸し切りっていくらぐらいするんだろう? とつい現実的なことを考えてしまって、その代案として本物の白馬を借りるという案を出したのだが、果たして綾奈の反応は……?

「……本当?」

「え?」

「本当に一緒に乗ってくれるの? 私の小さい頃に憧れたことを、実現してくれる?」

「あぁ、約束する。忘れられない結婚式にしようね」

「うん!」

 綾奈は大輪の花が咲いたような、そんな笑顔を見せてくれた。

 この笑顔に影を落とさないためにも、今交わした約束は絶対に叶えないとな。

 なお、俺たちのやり取りを近くで見ていた人たちが、温かい目で見ていたり、照れていたり、子どもは指さしていたのだが、俺と綾奈がそれに気づいたのはしばらく経ってからだった。

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