第316話 綾奈、フラグを立てまくる

 朝食を食べ終え、後片付けも終えた綾奈は、実家に帰った。

 お泊まりを一日早く切り上げてしまったとかではもちろんない。

 遊園地デートのために着替えに戻ったのだ。

 場所が遊園地だから、けっこう歩くと思い、動きやすい服装にするんだと言っていた。

 綾奈は可愛いから何着ても似合うから、どんなコーディネートで来るのか今から楽しみだ。

 ただ……一つ懸念があって、それは───


「ねえ真人。今回は私が先に駅に行って真人を待ってたらダメかな?」

「え?」

 そう……それは綾奈が先に駅に行くことだ。この時点でもう嫌な予感しかしない。

「えっと……どうして?」

「クリスマスデートでは真人が先に到着していたから、今日のデートでは私が先に行って旦那様を待ちたいの」

「でもなぁ……綾奈がナンパにあうのは嫌だから、T地路から一緒に行かない?」

 ん~、綾奈のお願いだから叶えてあげたいけど、男が女性を待たせるのはどうなんだと思わないでもない。

 それに今日は日曜日。いつも以上に駅前には人がいっぱいのはずだ。

 当然、ナンパに出くわす可能性も上がるんだけどなぁ……綾奈はわかってるのかな?

「真人は心配しすぎだよぉ。待つといっても十数分だし、その短い時間に狙ったようにナンパなんて来ないよ。そりゃあ私は何回かナンパにあっちゃったけど、そんなしょっちゅう出くわしてるわけではないんだから……」

「ち、ちょっとタイム! ストップストップ!」

  俺は綾奈がいい切る前に待ったをかけた。……これはもうわざとやってない?

「どうしたの真人?」

「……綾奈さんや。フラグって知ってますか?」

「知ってるけど……」

「ならさっきから自分でフラグをたてまくってる自覚はあるかな?」

「……え?」

  やっぱり無自覚かよ!

 俺と一緒に下校するようになってから綾奈が何回ナンパにあったことか……。

 初めて一緒にゲーセンに行った日の駅構内、俺が綾奈を呼び捨てにした翌日のデートでの本屋、阿島の件もそうだし、高崎高校の合唱コンクールの打ち上げでの中村との再会、期末テスト前の帰りの電車内での若いサラリーマン、そして初詣の横水よこずい君と、パッと思いつくだけでもこれだけあるんだ。

 なるべく綾奈を人混みの中に一人にしておくのは危険だ。

「や、やっぱりダメ?」

 うっ、上目遣いで訴えるのは反則だと思うんですが……。

「そんなに待ってみたいの?」

「うん。この一回だけでいいから、お願い!」

 う~ん……これだけ頼み込んでるんだ。それを断るのはやっぱり綾奈に悪いよな。それに一回くらいならナンパも出てこな……ダメだ、俺までフラグを立てるような発言や思考はやめておこう。

 とにかく一回やらせてみて、それでもしナンパが来たらしばらく禁止したらいいか。

 ……マジで早く行かないとな。

「わかった。じゃあ俺はあとから向かうから、着いたらすぐに連絡ちょうだいね」

「うん! ありがとう真人」

 そう言って綾奈は俺に抱きついてきたので、少しだけイチャイチャした……。


 そして今、俺はサッと着替え、綾奈からメッセージが来るのを待っていた。

 綾奈が駅に到着した時にメッセージを送るから、そのあとに家を出てくれと言われているからだ。

 先に到着して、時間まで恋人を待つのもわくわくして楽しい時間だったからなぁ……綾奈が経験してみたいのもわかるけど、うん。ちょっと急いで行った方がいいな。

 その時、俺のスマホがメッセージを受信した。

 メッセージアプリを開くと、綾奈から【駅に着いたよ】のメッセージと共に、『着いたー!』と両手を広げて喜びをアピールしている猫のスタンプが送られてきた。

「よし!」

 俺は服装、財布、チケット、そして指輪とペンダントを確認して家を出て、早足で駅に向かった。


 よし。真人へメッセージも送ったし、あとは真人が来るのを待つだけ。

 先に待ち合わせ場所に着いて、一人で真人を待ってみたくてあんなお願いをしたけど、今から真人が来るって思うとドキドキする。

 多分相手が真人、だからだよね。

 それにしても、やっぱり人が多いなぁ。

 冬休みも今日を入れて残り二日、そして三連休の中日なかびなだけあるからどこかに出かけようとしていたり、逆にここに来た人が多い。

 真人は私がナンパにあうのを心配して、T字路から一緒に行こうと提案してくれたけど、そう何度もナンパにあったりしないよ。

 心配性な旦那様だけど、それも私を想ってのことだってわかってるから嬉しい。

 早く真人に来てほしいけど、もうちょっと旦那様を待つ今の時間も楽しみたい。

 そして真人が来たらギュッてしてもらうんだ~。えへへ。

 服装もわりと動きやすいのにしたし、髪型も昨日真人が『可愛い』って言ってくれたのにしたし。

 真人がどんなリアクションをするのかすごく楽しみ。

 そして、いつもみたいに『可愛い』って言ってもらいたい。

 真人が来たときのことを想像して、顔が緩んでいると……。


「ねえ君。一人なの?」


 後ろから男の人に声をかけられた。

 私がその人を振り返ると、その男の人ともう一人の男の人がいた。多分大学生くらいの人かな?

 真人の心配が現実になってしまった。

 ど、どうしよう……。

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