第309話 母からの着信

 ……あれ? 俺、今綾奈とキスしてる?

 綾奈と一緒に家に帰ってたんだけど……いつの間にか家の中に入ってる。

 帰宅している途中からずっと、世界一大切な俺のお嫁さんを見てて、それから……。

 ダメだ。思い出せない。

 けど、まぁいいや。

 今はこの幸せな時間を堪能しよう…………としたら、俺のスマホが着信を知らせる音を鳴らした。

 でも、俺は構わずに綾奈とキスをし続ける。

 昨日は綾奈に触れてさえいないんだ。この時間は誰にも邪魔されたくない。

「ま、ましゃとぉ……で、でんわが……んんっ!」

 だけど、綾奈はやはり着信が気になるらしく、唇を離そうとする。

 仕方ないのでキスをやめ、スマホを手に取り誰からの着信かを確認する。

「母さん?」

 母さんは確か、父さんと日帰り旅行に行ってるはずだが……急用か? それとももうすぐ帰るから、夕食は外食にしようとか、そういう報告かな?

 そんなことを思いながら、俺は通話ボタンをタップし、綾奈も聞こえるようにスピーカーモードにした。

「もしもし?」

 電話越しに、バスのエンジンらしき音が聞こえてくる。

「もしもし真人? 今は家かしら?」

「うん」

「綾奈ちゃんもいるかしら?」

「ここにいます」

「良かったわ。一緒にいるのね。 その様子だと、綾奈ちゃんに誕生日を祝ってもらえたようね」

「まぁ、ね」

 今日は綾奈が朝早くからドゥー・ボヌールに出かけていたから、もしかしたら母さんは心配だったのかもしれないな。

 おっと、今はそれよりも要件を聞かないとな。

「ところで母さん。どうしたの?」

「あぁ、そうだわ。あのね二人とも……こっちは雪がすごくて、私たち今日そっちに帰れなくなったから」

「「え?」」

 こっちでも雪は降ってるけどそんなに強くはない。一体どこに行っているのか……。

「良子さん。大丈夫なんですか?」

 綾奈が俺より先に両親を心配して言った。

「大丈夫よ。ありがとう綾奈ちゃん。それから真人」

「なに? 母さん」


「今日、美奈もマコちゃんの家に泊まるって言ってたから」


「はぁ!?」

「ふえぇ!?」

 美奈が茉子の家に泊まる!? 初耳なんだけど。

「ち、ちょっと待って母さん。美奈のやつ、はじめから茉子の家に泊まるつもりだったの!?」

 俺は今日、あいつが茉子の家に遊びに行くとしか聞いてない。それに、美奈が茉子の家に泊まったことは一度もないはずだ。なのにどうして?

「二人より先に美奈に今日帰れないことを話したら、『お兄ちゃんたちの邪魔したくないから、私もマコちゃん家に泊まる』って言いだしてね」

 あいつ……なに気を利かせたみたいに言ってんだよ!?

「あ、あうぅ~……」

 綾奈は頬を真っ赤にしている。今夜二人きりといきなり言われて、嬉しさよりも恥ずかしさのほうが勝っているみたいだ。

 俺だって、いきなりの展開すぎていろんな感情がごちゃまぜになっている。

「冷蔵庫に入ってる食材は好きに使っていいからね。じゃあ綾奈ちゃん。真人をよろしくね」

「あ、あの、良子さ……」

 どうやら母さんは電話を切ってしまったようだ。

「「……」」

俺と綾奈は、スマホのディスプレイに表示されている『通話終了』の文字をただじっと見ていることしか出来なかった。

 綾奈と今夜一晩二人きりって……マジ?

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