第308話 真人の視線は綾奈だけをとらえる

 俺の誕生日パーティーも終わり、その帰り道。

 俺は綾奈と手を繋いで家に帰っていた。

 空からちらほら雪が降っている。

 日帰り旅行に行った母さんたちは大丈夫かな?

 最初はそんなことを考えていた俺。

 だけど俺の頭は、次第に別のことを考えるようになっていった。

 綾奈がサプライズで開いてくれた誕生日パーティー。

 一月三日から日中はドゥー・ボヌールに通い、俺のためにケーキ作りを翔太さんから教わっていた。

 いざそのケーキを食べたらめちゃくちゃ美味しくて、綾奈の愛情をかんじた。

 そして、俺の左手の薬指にあるこの指輪。

 綾奈が俺への誕生日プレゼントで用意してくれたシルバーの指輪。

 それだけでもびっくりしたし、ものすごく嬉しかった。

 だけど、この指輪の裏には、英語で『真人と綾奈はずっと一緒』と刻印されている。

 付き合いたての頃にも言ってくれていた『何があっても俺から離れない』という言葉を、改めてこの指輪に誓いを立ててくれた。

 綾奈からの確かな、そして大きな愛情を感じられた。

 あんなに大勢の人の前で号泣したの、いつ以来だろう?

 茜に見られたら絶対にイジられてただろうな……。

 綾奈。本当にありがとう。



「ただいま」

「…………」

 ドゥー・ボヌールでの真人の誕生日パーティーが終わり、私と真人は家に帰ってきた。

 中からは誰の返事も聞こえなかったから、良子さんたちも出かけているんだ。

「真人。良子さんたちもどこかに行ってるの?」

「……うん」

 真人は気の抜けたような返事をした。

 実はここに帰ってくる途中から真人はこんな感じになっていた。

 だんだんと会話も減り、まるで心ここに在らずみたいになっている。

「良子さんたちはどこに出かけてるの?」

「……うん」

 私が何を聞いても『うん』としか返ってこない。

 ボーッとしてるけど、私の手は決して離そうとしない。それがちょっと嬉しかったりする。

「美奈ちゃんはマコちゃんの家?」

「……うん」

「何時に戻るのかな?」

「……うん」

「……」

 真人はボーッとしてるんだけど、その目はずっと私を捉えている。

 頬が赤く、目がとろんってしててかわいい。

 ここで私は、あることを試したくなった。

「ねえ真人。私のこと好き?」

「……うん」

 かわいい。

「愛してる?」

「……うん」

 すっごくかわいい。

「今日、一緒にお風呂入る?」

「……うん」

 ゾクッ!

「今日、真人のベッドで一緒に寝ていい?」

「……うん」

 ゾクゾクッ!

「……結婚する?」

「……うん」

 ……どうしよう。私の旦那様がかわいすぎる!

 相変わらず目がとろんってしてるけど、それでも視線にすごい熱がこもっている。

 私が好きで好きでたまらない。ボーッとしていることで、それ以外の感情が抜け落ちている。

 こんな視線で見つめられたら、我慢できそうにないよぉ……。

 昨日、全然真人に触れてなかったから……いいよね?

 私は真人をギュッて抱きしめて、彼の顔をじっと見た。

 さっきちぃちゃんにプレゼントされたシトラスの香水のいい香りが真人からする。

 真人は変わらずに私をじっと見つめている。

「……ちゅう、する?」

「……する」

 家に帰ってきてから初めて『うん』以外の言葉を喋った。

 私は背伸びをし、真人は腰をかがめて、まるで磁石がくっつくように、私たちは唇を重ねた。

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