第305話 綾奈が選んだバースデープレゼント

 綾奈が浮気をするわけがない……確かに俺は思った。

 でも、一昨日ショッピングモールで、拓斗さんが綾奈の肩に手を置いて、綾奈が嫌がる素振りを見せなかったのを見て、ほんの少しだけ疑ってしまった。

 実際は拓斗さんとの間にはもちろん何もなく、それどころか、綾奈は今日の俺の誕生日のために、サプライズパーティーを企画して、俺を驚かすために知らないところで人一倍努力していたんだ。

 それなのに、俺は……おれ、はっ…………!

「ま、真人!?」

 綾奈は俺を見て驚きの声をあげた。

 俺は、綾奈が俺の為に内緒でパーティーを企画し、手作りケーキまで用意してくれた嬉しさ……そして、それを少しでも疑ってしまった自分の馬鹿さ加減に涙を流していたからだ。

 俺の目から涙がボロボロと流れている様子を見たドゥー・ボヌールのスタッフさんと千佳さんも驚いていて、周りはどよめいていた。

 綾奈は、そんな俺を見てすぐにそばに駆け寄って、座っている俺と目線を合わせるためにしゃがみこみ、俺の手の上に自身の手を置いた。

「真人。どうしたの!?」

「……あや、なが、綾奈が俺のために、サプライズでこんなパーティーを開いてくれてすごく嬉しくて……この、涙は……嬉しさと、自分が、本当にバカで、愚かだと思い知ったから……っ!」

 何とかして涙を止めようとするけど、一度決壊した涙腺は止まることはなく、あとからあとから涙が出てくる。

「バカで愚かって……どうして? どうしてそう思うの?」

「……ぐすっ、俺は、ほんのわずかでも、疑ってしまったからっ!」

「……なにを疑ってしまったの?」

「綾奈の……綾奈の浮気を!」

「え!?」

「一昨日、ショッピングモールの雑貨屋から綾奈たちが出てきたのを偶然見てしまって、拓斗さんが綾奈の肩に手を置いて、綾奈が嫌がってなくて……昨日もファミレスから綾奈と拓斗さんが、二人で歩いてるのを見てしまって……それだけの事だったのに、俺は綾奈をほんのわずかだとはいえ疑ってしまったんだよ!」

 俺は半ば叫ぶように言った。

 綾奈はいつも俺を好きと、何があっても俺から離れないって言ってくれていたのに……。

 その言葉を完全に信じていたら、あんな光景を見てもこれっぽっちも疑いに傾いたりしなかったのに……。

 俺は、本当に大バカ野郎だ!

「ごめん綾奈。本当に……ごめ、ん……うあぁっ!」

「ま、真人君っ!」

 突然俺の名前を大声で呼ぶ男の人の声が聞こえてきたので、その方向を向くと、そこには拓斗さんが立っていた。

「たくと、さん……」

 拓斗さんは顔が青ざめており、汗もかいていた。

 次の瞬間、拓斗さんは勢いよく頭を下げた。

「本当にすまなかった! まさか見られていたなんて思わなくて……。言い訳はしない! ただ君から綾奈ちゃんを取るつもりはこれっぽっちもない。それだけは信じてほしい!」

 拓斗さんは本気で謝罪をしている。俺に誤解を与えてしまったから。

「もういいんです。拓斗さん……俺もわかってますから。頭を上げてください」

 いつまでも年上の人にこうして頭を下げさせるのも申し訳ないので、俺は拓斗さんにお願いをした。

「真人君……っ!」

 拓斗さんが頭を上げた瞬間、拓斗さんの後ろから、同時に拓斗さんの両肩を掴む二つの手が見えた。

 一人は拓斗さんの妹の千佳さん。もう一人はこのドゥー・ボヌールの店長の翔太さんだった。

「アニキ~? 綾奈の肩に触れたって、あたしそれ聞いてないんだけど~?」

 口角は上がってるんだけど、目が全く笑ってない。怖いよ千佳さん。

「……拓斗。、言ったよな? 真人君には絶対にバレないようにしろって……。おもくそバレてんじゃねぇか」

 翔太さんも笑ってる。かっこいいけどめっちゃ怖い。一人称も俺に変わってるし。

 二人の拓斗さんの肩を掴んでいる手に力がこもる。

 やがて、二人は拓斗さんを引きずるようにして、店の奥へと消えていった。

 ……何が起こってるのかは想像しない方がいいだろう。

「真人」

 拓斗さんが店の奥へ連れていかれているの間に立ち上がっていた綾奈は、座っている俺の頭を両手で包み込むように、自分のお腹へと抱き寄せた。

「あ、綾奈!? その、皆さんが見てるから……!」

 さっきまで号泣していた男が言っても説得力がないのはわかっている。

 けど、麻里姉ぇをはじめとしたドゥー・ボヌールのスタッフさんほぼ全員に見られるのはやはり恥ずかしい。

「心配させちゃって、寂しい思いをさせちゃってごめんね……本当に、ごめんなさい!」

「……うん」

 上から聞こえてくる、最愛の人の優しい声。

 そして俺の頭を優しく撫でるその手に、俺は微かな抵抗もやめ、綾奈にされるがままになっていた。

「コホン。綾奈、、渡さなくていいの?」

「そ、そうだった! 真人、ちょっと待っててね」

 麻里姉ぇに言われて、綾奈は俺からゆっくりと手を離し、奥へ行ってしまった。

 アレってやっぱり、プレゼントだよな? どんなプレゼントなんだろう?

「お待たせ!」

 綾奈はすぐに戻ってきた。

 その手には雑貨屋で見た紙袋を大事そうに抱えていた。紙袋の大きさからして、小物系みたいだけど……。

 再び俺のそばにやってくると、紙袋に手を入れて、その中から小さな箱を取り出したんだけど……。

「あ、綾奈。それって……」

「うん。これが私からのプレゼントだよ」

 紙袋から出てきた箱。それは見覚えがありすぎる箱だった。

 なんせ、俺がクリスマスデートでだったから……。

 ゆっくりと箱が開かれ、その中にはシルバーの指輪が入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る