第303話 真人の誕生日に向けて③
翌日の一月二日。
去年までのクラスメイトのみんなとドゥー・ボヌールでケーキを食べながらお話をして、真人が私の分と一緒にお会計を済ませたあと、私は真人を先にお店の外で待っててもらい、お義兄さんの元へと向かった。
クリスマスの日に、お義兄さんにお願いしたケーキ作りの件……それを明日からお願いするために。
「お義兄さん。この前言っていた件……明日からお願いしてもいいですか?」
「もちろんいいよ。いつ来てくれてもいいからね」
「わかりました。たくさん練習したいので、午前中から来てもいいですか?」
短期間なので、とにかくたくさん練習して、少しでも美味しいケーキを真人に食べてほしくて、私はけっこう無茶なお願いをしているとわかっていながらお義兄さんに聞いてみた。
「わかった。じゃあ僕の方も準備しておくよ」
お義兄さんは嫌な顔一つせずに快諾してくれた。本当に優しいな。
「ありがとうございます」
「ただ、僕も付きっきりで教えることは出来ないから、僕が離れている間は拓斗に見てもらうようになるけどいいかい?」
ちぃちゃんのお兄さんの宮原拓斗さん。
私も小さい頃から面識があり、その当時からお兄さんみたいに思っていた人だ。
現在は二十歳で、先月からお義兄さんの元で修行を始めたパティシエ見習い。
高校時代、拓斗さんはヤンキーだった時期があって、それでもちぃちゃんの親友の私にはとても優しかったんだけど、その時から当時この地域で負け無しの最強のヤンキーだったお義兄さんに強い憧れを持っていたみたい。
そしてお義兄さんがパティシエになったことを知ると、拓斗さんもお義兄さんと同じパティシエを志すようになったみたい。
拓斗さんはまだまだ修行中だけど、筋が良いらしくお義兄さんも一目置いている。
「大丈夫です。明日からよろしくお願いします」
私はお義兄さんに深々とお辞儀をして店の外に出た。
そして一月三日。
昨日、お義兄さんに言った通り、私は午前十時前にドゥー・ボヌールにやって来た。
真人にいってきますをした時、快く送り出してくれた。
誕生日までこれが続くけど、やっぱり連日になると真人は私の行動を怪しむのかな?
わからないけど、その時になったら考えよう。
店内に入ると、スタッフさんが店内の清掃をしたり、ケーキを作ったりと忙しなく動いていた。
やっぱりお義兄さんにお願いしたのは申し訳なかったかな……?
「やあ、来たね綾奈ちゃん」
私が入口付近で立っていると、私を見つけたお義兄さんが声をかけてきた。
「おはようございますお義兄さん。今日からよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
お義兄さんは私ににっこりと微笑んでくれた。その微笑みを偶然見た女性スタッフさんが『はぁ……』とため息を漏らした。多分お義兄さんに見惚れてるんだろうな。
「早速だけど綾奈ちゃん」
「は、はい!」
今はお義兄さんの言葉をしっかり聞かないと。少しでも早くケーキ作りを覚えないといけないんだから。
「指輪は外そうか」
「……ですよね」
私は真人からもらったこの指輪を、お風呂と寝る時、そしてお料理をする時以外はずっと身に付けていた。
ケーキ作りは大体ハンドミキサーやヘラを使うけど、やっぱり衛生上良くないよね。
私はお義兄さんの言う通りに指輪を外し、ペンダントの留め具を外してそこに指輪を通した。
出来るだけ肌身離さず持っておきたいから、大晦日に年越しそばを作った時もこうしていた。
明日からは真人の家を出る前から指輪はこうやってペンダントに通しておこう。うっかり指輪をして来てお義兄さんに注意されないためにも。
それから厨房に移動し、手を念入りに洗ってからケーキ作りの練習が始まった。
初日は何とか形にはなって、お義兄さんにも筋がいいと褒められた。
「綾奈、ちょっと待ちなさい」
ケーキ作り初日が終わり、真人の家に帰ろうとしたら、お姉ちゃんに呼び止められた。
「なに? お姉ちゃん」
「綾奈がここでケーキ作りの練習をしているの……真人は知らないのよね?」
「うん」
サプライズで驚かそうと思っているから、真人には一言も伝えていない。
「綾奈は長時間厨房に居たから、服に甘い匂いが染み付いてるかもしれないわね」
「あ……」
お姉ちゃんに言われるまで全然気がつかなかった。
休憩も含めると、八時間近くここに居たことになる。そんなに長い時間いると、やっぱりケーキの甘い匂いが服にも付いちゃうよね。
私は服を鼻に近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「私達は匂いに慣れちゃってるから自分で嗅いでも分からないわよ」
「……そっか」
「真人に気付かれるとこはないと思うけど、それでもバレないように気を付けなさいね」
「わかったよ。ありがとうお姉ちゃん」
私は「また明日ね」と言ってドゥー・ボヌールを後にした。
真人が私の服に付いた匂いを嗅いでも、『今日もケーキを食べてきたのか』って思うだけだけかもしれないけど、真人の誕生日まで毎日ここに来るから、どこかで怪しまれるかもしれない。
そうならないためにも、帰ってお風呂に入るまでは真人との接触をなるべく避けないと。
「……辛いよぉ」
真人とイチャイチャしたいから、早くお風呂に入ろう。
その日の帰り、私は少し香りの強めなシャンプーとコンディショナー、そして香水をドラッグストアで購入してから真人の家に戻った。
家に戻ったら、真人が優しくお出迎えしてくれたんだけど、今の私の匂いを嗅がれたくない私は、つい過剰に距離を取ってしまった。けど、特に何も言ってこなかったからバレてない……よね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます