第301話 真人の誕生日にむけて①

 時は遡り、十二月二十五日。クリスマスのお昼時。

 宿題が一段落した私は義理のお兄さんである松木翔太さんにお願いしたいことがあって、電話をかけた。

 数コールのあとに繋がった。

『もしもし』

「もしもし。こんにちはお義兄さん。今大丈夫ですか?」

『こんにちは綾奈ちゃん。今はちょうど一息ついてたところだから大丈夫だよ。どうしたの?』

 よかった。お義兄さんは手が空いている時間帯だった。

 人気のケーキ屋さん、ドゥー・ボヌールの店長さんだから、いつも忙しそうにしていると思ったけど、タイミングがよかったようだ。

「その、お義兄さんにお願いしたいことがあって……」

『僕にお願いしたいこと?』

「はい……」

 私はここで、一度深呼吸をしてから言葉を続けた。

「お義兄さん。私にケーキの作り方を教えてください!」

『……教えるのはもちろんいいけど、どうしていきなり?』

 やっぱり、いきなりこんなお願いをして、お義兄さんは少し困惑しているようだ。

「その、真人の誕生日、年が明けてすぐなんです。だから……」

『真人君の為にケーキを作りたいんだね?』

 お義兄さんが私の言いたかったことを代わりに言ってくれた。ここまで言ったらさすがにわかっちゃうよね。

「はい」

『わかった。そういうことなら僕も全力で教えるよ』

「ありがとうございますお義兄さん!」

 やった。お義兄さんにケーキ作りを教えてもらえる。

 あとは真人の誕生日当日までに、どこまで美味しいケーキを作れるようになれるかだ。

『でも、綾奈ちゃんは明日から真人君の家に泊まりに行くんだよね? 真人君といられる時間が減っちゃうんじゃない?』

 お義兄さんの言うことはわかる。

 明日からのお泊まりは本当に楽しみ。

 真人と……旦那様と一日中一緒にいられるなんて夢みたいな日々が約二週間もあるなんて……。

 お義兄さんにこんなお願いをしておいて、真人との時間も削りたくない。だから───

「その、年が明けてから教えてもらうというのは……ダメ、ですか?」

 こんなお願いをして、もしかしたら元ヤンのお義兄さんから怒られるかもしれない。

 でも、お泊まりさせてもらってる身で毎日日中お出かけして、特に家のお手伝いもしないのはさすがに申し訳ないし、真人にも寂しい思いをさせてしまう。それはなるべく避けたい。

 誕生日までまだ日はあるし、そんなに毎日練習してたら、真人に勘づかれてしまうかもしれないし。

『…………』

 私の出した案に、お義兄さんは何も言わずにいる。多分どうするか考えているんだろう。

『練習する時間が減ってしまうけど、いいの?』

「はい! 短い時間でも、お義兄さんに教えられたことは全て頭に叩き込みますし、お義兄さんの……ドゥー・ボヌールの皆さんのご迷惑にならなければ、午前中からずっと練習します!」

 この計画をサプライズで実行するなら、どうしても真人と一緒に居られなくなる時間も出来てしまう。

 それを少しでも少なくするため、私は短期集中でケーキ作りを覚える選択をした。

『時間がないから、教えも厳しくなるかもしれないけど……いいんだね?』

「構いません! 真人と一緒にいる時間も減らしたくないので、絶対にやり遂げてみせます!」

 いつも私を笑顔にしてくれる、私の最高の旦那様。

 サプライズで用意して、最高の、生涯忘れられない誕生日パーティーにしたい!

『わかった。綾奈ちゃんは料理を覚えるの早いってお義母さんから聞いてるし、綾奈ちゃんならその期間でも十分美味しいケーキが作れると思うよ。真人君に最高のケーキを食べさせてあげよう』

「っ! はい! ありがとうございますお義兄さん!!」

 私は電話越しに、お義兄さんに頭を下げた。

 それにしても、お母さん……私がいないところでお義兄さんとそんな話をしてたなんて……。ちょっとびっくりしたけど、ありがとうお母さん。

『じゃあ、年が明けたらまた細かい日程を決めていこう』

「はい。よろしくお願いします」

『うん。じゃあ僕はそろそろ戻るよ』

「わかりました。本当にありがとうございます」

『いいってこれくらい。じゃあまたね』

「はい。また」

 お義兄さんとの通話が終了した。

 ケーキはこれで大丈夫。

 あとは、短期間で私がどれだけ美味しいケーキを作れるようになるかだ。

「じゃあ、次は……」

 そう独り言ちて、私は部屋着から私服に着替えて家を出た。

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