第300話 バースデーサプライズ

 その麻里姉ぇの言葉が合図となり、前方からパン! パン! と大きな音が鳴った。

「……え?」

 その音の正体はクラッカーで、翔太さんをはじめとしたドゥー・ボヌールの店員さん全員が一斉に鳴らしたのだ。

 あ、あの人は……!?

 店員さんの中に、昨日と一昨日、綾奈と一緒にいた男の人がいた。ここのスタッフさんだったんだ……。

 そのイケメンの店員さんを見ていると、横一列に並んでいる店員さんの間から、綾奈が出てきた。

 綾奈の姿が見えたことに、俺の心臓はドクンと高鳴った。

 綾奈はゆっくりと俺に近づき、三十センチ程手前で立ち止まった。

 そして俺の目をまっすぐに見て───


「真人。お誕生日、おめでとう」


 はっきりと、そう言った。


「「真人君。お誕生日おめでとう!」」

 綾奈に続いて、ドゥー・ボヌールの皆さんも俺の誕生日を祝ってくれた。

 が、当の俺は未だに状況が飲み込めないでいた。

「あ、綾奈。俺の誕生日……」

「もちろん知ってたよ。私が真人の誕生日を知らないわけないよ」

 つまり、俺の誕生日を祝うためだけに店を貸し切りにして、サプライズで俺を驚かした、と?

「い、色々聞きたいことがあるけど、翔太さん!?」

「なんだい真人君?」

 なんでこんなに平然としてるんだこの人?

「いや、どうして貸し切りにしてるんですか!? 俺の誕生日を祝うだけなら、わざわざ貸し切りなんてしなくても……」

 普通に祝ってくれたらそれでいいのに。

「この誕生日パーティーを企画したのは綾奈ちゃんでね。それを聞いて僕が貸し切りにしたんだ。僕も家族である真人君をお祝いしたかったから」

「し、翔太さん……」

 だからって、こんなに大袈裟にしなくてもいいのに……って言おうとしたけど、これ以上何かを言うのは野暮と思ったので、心の中にとどめた。

「ほら真人。主役のあなたがこんなところで立ってないで、早く席について」

 麻里姉ぇが俺の両肩を掴み、後ろから俺を押してくる。

 そうして俺は、麻里姉ぇに抵抗するわけもなく奥の席へと移動した。

「どうぞ、真人君」

 そう言って椅子を引いてくれたのは、綾奈と一緒にいたベージュ色の髪のイケメン店員さんだ。

「ありがとう拓斗たくと。さ、座って真人」

 麻里姉ぇに促されるまま、俺は椅子に座った。

 この人、拓斗さんっていうのか。麻里姉ぇに呼び捨てにされてるってことは、以前から麻里姉ぇと親交があったのかな?

「あれ? 綾奈は?」

 俺が考えごとをしているうちに、綾奈はどこかへと行ってしまった。

 辺りをキョロキョロ見渡すけど、綾奈の姿はどこにもない。

「綾奈は厨房だよ」

「え?」

 突如、どこかから聞き慣れた女性の声が聞こえた。

「ち、千佳さん!?」

「誕生日おめでとー真人」

 店員さんの影から姿を見せたのは千佳さんだった。綾奈に招待されたのかな?

「山根の言った通り、綾奈はあんたの誕生日を知ってたね。あれから真人が言ったん?」

「い、いや、俺は言ってないよ。今日言おうとして……だけど朝起きたら既に綾奈は出掛けていたから」

 綾奈はどこで俺の誕生日を知ったのか……それが疑問だ。だがそれより先に……。

「その、ありがとう千佳さん。誕生日、祝ってくれて」

 祝ってくれた大事な友達にお礼を言わないのはダメだと思った俺は、千佳さんにお礼を言った。

「あはは。当然じゃん! あたしら友達なんだし」

 千佳さんは、さも当然のように言ってのけ、俺の背中をバシバシ叩いた。ちょっと痛いけど、それよりも嬉しさの方が強い俺はされるがままになっていた。

「千佳。そんなに叩いたら真人君が困るだろ」

 俺たちのやり取りを近くで見ていた拓斗さんが言った。

 ん? 千佳さんを呼び捨てにしたよね。この二人ってどんな関係……。

「ちゃんと加減してるから大丈夫だよアニキ」

「アニキ!?」

 え? 千佳さんと拓斗さんは兄妹なのか!?

 確かに。よく見たら顔が似てる。

「そっか。綾奈と健太郎以外には紹介してなかったね。これ、うちのアニキだよ」

「兄をこれって……まぁいいや。千佳の兄の宮原拓斗だ。いつも千佳が世話になってるみたいで……千佳が健太郎君と出会えたのも君のおかげって聞いてるよ。ありがとう真人君」

「い、いえ。俺の方が千佳さんに色々助けてもらってますので。普段から千佳さんには感謝しかないです」

 なるほど。あの時健太郎の言っていたことがようやく理解出来た。

 拓斗さんが綾奈に手を出そうものなら、千佳さんが黙っていない。それを知った千佳さんは力の限り拓斗さんをボコボコにするだろうな。

「お、来たね」

 千佳さんがそう言って厨房を見た。

 俺も見ると、綾奈がケーキを持って俺たちの方へと歩いてきていた。

 ケーキが崩れないよう、慎重に運ぶ綾奈。

 そうして運んできたケーキを、綾奈はゆっくりと俺の目の前のテーブルに置いた。

 ケーキを見ると、いちごがふんだんに使われたショートケーキだ。

 真ん中の板チョコには、白いチョコレートソースで『Happybirthday MASATO』と書かれていた。

「綾奈。これって……」

「うん。今日のために、私が作ったケーキだよ。お義兄さんに頼んで作り方を教わったの」

「……綾奈の、手作り……?」

 じゃあ、ここ数日綾奈が出掛けていた理由って、俺のバースデーケーキを作る為に、翔太さんに頼んで練習してたってこと……か? 指輪を外していたのも同じく……?

「うん。真人に最高のバースデーケーキを食べてほしくて、いっぱい練習したんだ」

「…………っ!」

 綾奈が満面の笑みで放った一言で、俺の目頭が熱くなった。

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