第299話 貸し切りの理由

 そうして早足でドゥー・ボヌールの前まで来た。

 少し息を切らした。冬休み中は筋トレやランニングをしてなかったから、ちょっと体力が落ちたかもしれない。それに……

「いてて……」

 大晦日から約一週間が経過し、腰の痛みもやわらいでいるけど、早足で来たせいもあってけっこう痛い。

 でも、今はそんなのを気にしていられない。

 俺はゆっくりとドゥー・ボヌールの入口の前に立った。

「え……?」

 ドゥー・ボヌールの入口には、一枚の紙が貼られていて、そこに書かれている文字を読み、俺の頭はすぐに混乱した。


『ただいまの時間は貸し切りとなっております。申し訳ございません』


 張り紙には、確かにそう書かれていた。

「は? え? 貸し切りって……」

 どういうことだ? 俺は確かに綾奈に言われてここまで来た。

 なのに貸し切りって……これじゃあ俺は入れない。

 意味もなく綾奈がここに呼び出すわけないし、綾奈はなんのために俺をここに呼び出したんだ?

 もしかして、ドゥー・ボヌールって聞いたけど、じつは聞き間違っていて、本当は別の所に綾奈はいるんじゃ……。

 うわ~、綾奈の声に聞き惚れていて、肝心の内容を聞いていなかったんだ。俺ってなんてマヌケなんだよ。

「……真人。なんでここで頭を抱えているのかしら?」

「……へ?」

 突然横から女の人の綺麗な声が聞こえてきたので、俺はゆっくりと声がした方を向いた。

「ま、麻里姉ぇ……」

 声の主は麻里姉ぇだった。

「え? 麻里姉ぇ、なんで……」

「なんでって、ここは私の家だもの」

 いや、そうじゃなくて。

「どこから出てきたの?」

 正面の入口は開かなかったし、本当にどこから出てきたんだ?

「二階から真人が見えたから、裏口から出てきたのよ」

「あ、なるほど」

 ここは一階が店舗で、二階が麻里姉ぇと翔太さんの家となっている。

 貸し切り状態だから、麻里姉ぇはお手伝いをしていなかったようだ。

「それより、早く入りましょ」

「え? 今って貸し切りだよね? その団体さんがいるんじゃ……」

 そんな中に完全部外者の俺が入るのはやっぱりダメだろ。

「何を言ってるのかしら?」

 だけど、そんな俺の言葉を聞いて麻里姉ぇは首を傾げている。

「何って……え?」

の真人が入らないんじゃ、何も始まらないわ」

「理由? ちょっと、麻里姉ぇ!?」

 どういうことだ? 貸し切りにした理由が俺? それってつまり……。

「いいからいいから。早く入りましょ」

 混乱する俺をよそに、麻里姉ぇは俺の背中を押してくる。

 そして麻里姉ぇは入口を開け放って言った。

「みんな。真人が来たわよ!」

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