第289話 雛からの電話

 その日の夜。

 俺は先に風呂に入り、綾奈が部屋に来るのを待っていた。

 今日、綾奈が帰宅した時や、晩ご飯を食べている時も、昨日や一昨日と同じで綾奈は微妙に俺から距離を取っていた。

 今日ショッピングモールで見た光景がチラついて、胸がズキリとしたけど、綾奈を信じてるし、健太郎も「百パーセントないよ」って言っていたので、俺は極力気にしないようにして、綾奈がお風呂から上がるのを待っていたら、俺のスマホに着信が入った。

 誰かと思い、スマホを手に取りディスプレイを確認すると、雛先輩からだった。

「珍しい……というか、初めてじゃないか?」

 ディスプレイで初めて見る雛先輩の名前に少し驚きながらも、俺は通話ボタンをタップした。

『も、もしもし?』

「? もしもし。こんばんは雛先輩」

 なんか、雛先輩の声、少し上擦ってないか?

『こんばんは中筋君』

 それに、いつものおっとりボイスじゃない。声から緊張しているのが伝わってくる。

 何か言いにくいことでも伝えるつもりなのか?

「珍しいですね。雛先輩から電話なんて」

『う、うん。迷惑だったかしら~?』

「迷惑なんてとんでもない。それで、何かご用ですか?」

 迷惑とは微塵も思ってない。だけど雛先輩が連絡をよこしたってことは、何かしら用があるに違いない。

 綾奈がいつ風呂から上がるのかわからないから、あまり時間をかけていられない。

『中筋君。明日ってお暇かしら~?』

「明日ですか? えっと……」

 明日は俺の誕生日の前日だ。

 俺は特に予定はないし、多分綾奈は明日も朝からどこかに行くと思うから、綾奈の予定も聞く必要はないだろう。

「特に予定はありませんよ」

『良かったわ~。なら明日、お昼の三時頃から会えないかしら~?』

「えっと……先輩と二人でですか?」

 雛先輩と二人が嫌なわけではない。綾奈の立場になって考えたら、やっぱり婚約者が女の人と二人きりで会うのは嫌だろう。俺や雛先輩にその気がなくても……。

「ううん。私の他に香織ちゃんとマコちゃんも一緒よ」

「北内さんと茉子……ちゃんですか。珍しい組み合わせですね」

 あぶねぇ。危うく茉子をそのまま呼び捨てで呼んでしまうところだった。

 雛先輩なら別に怪しむことはしないと思うし、付き合いの長い後輩を俺が呼び捨てで呼ぶのも違和感はないと思うけど、茉子が俺を「お兄ちゃん」と呼んでいるのは一部の人しか知らないから、詮索されないに越したことはないだろう。

『ふふ。マコちゃんが中筋君を「お兄ちゃん」って呼んでるのは知ってるから、中筋君もマコちゃんをいつも通りに呼んで大丈夫よ~』

「そうだったんですね」

 茉子が雛先輩に言ったってことだよな? 二人が初めて会ったのって、この前の初詣のはずなのに、もうかなり仲良くなってるんだな。

『ええ。それでどうかしら~。中筋君、明日は来れそうかしら~?』

「はい。大丈夫です」

 二人きりじゃなかったら、綾奈も少しは安心だと思うから、俺は雛先輩の誘いを了承した。

『ありがとう中筋君。じゃあ、明日の三時に中筋君達の最寄り駅近くのファミレスに来てくれる~?』

「あ、こっちまで来てくれるんですね? すみません」

『もちろんよ~。マコちゃんにあまりお金を使わせるのも気が引けちゃうし、私たちがお誘いしてるんだもの~。私たちがそちらまで出向くわよ~』

 確かに、茉子はまだ中学生だ。

 お年玉を貰っている思うけど、やっぱりお金を使わせるのはしのびない。俺が出せば問題ないけど、正直雛先輩の申し出はありがたかった。

「わかりました。では雛先輩、明日の三時にファミレスで」

『うん。また明日ね~』

 それからお互いに「おやすみなさい」を言い合って通話は終了した。

 明日は茉子もいるから、多分誕生日プレゼントをくれると見て間違いないだろうな。

 今年の誕生日は、色んな人に祝ってもらえて嬉しくなる。

 それだけ人との繋がりが多くなったってことだもんな。

 綾奈は俺の誕生日、祝ってくれるかな?

 言ってないから知らないだろうけど、知らなかったら当日に打ち明けて「おめでとう」を言ってもらって、出来るだけ二人きりの時間を作ってもらおう。

 誕生日だから、それくらいのわがままはいいよな?

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