第287話 綾奈の不可解な行動

 一月五日。時刻は午後三時を回ったところ。

 俺は一哉、茜、健太郎と一緒にショッピングモールに来ていた。今はトイレに行ったみんなを一人で待っている。

 ショッピングモールしか行くところはないのか? と言われればあまり強く否定することが出来ない。

 俺の住んでいる地域は、「ド」は付かないがまあまあな田舎だ。だから基本若者が遊ぶところはこのショッピングモールかアーケードくらいしかない。

 もっと足を伸ばせば、クリスマスイブに綾奈と行った場所もあるのだけど、電車賃もそれなりにするので頻繁には行くことが出来ないのだ。

 そんな話はともかく、俺はここ二、三日で気になっていることがある。


 綾奈の様子がおかしい。


 中学三年の時の元クラスメイトに呼び出された翌日から綾奈の取る行動が急に変わったのだ。

 午前中から出掛けて、いつも夕食時にならないと戻ってこない。

 それだけなら、どこかで誰か他の友達と遊んでるのだろうと思わないでもない。

 だけど、帰ってきた瞬間から綾奈の様子がおかしいのだ……。


「ただいまー」

 一月三日の午後六時。

 俺はリビングにいて、玄関から綾奈の声が聞こえてきたので、愛しのお嫁さんをお出迎えしようと、すぐに玄関に向かった。

「おかえり綾奈。遅かったね」

 いつもの綾奈なら、俺に柔和な笑みを見せてくれて、両親や美奈が出てこないのを確認して俺に抱きついてくるシチュエーションなのだが……。

「た、ただいま……真人」

 だけど、綾奈はなせが抱きついて来ず、逆に身構えて俺から距離を取った。

「どうしたの?」

 そのことにショックを受けながらも、なんとか平静を装い、綾奈にたずねたのだが……。

「な、なんでもないの! 真人は気にしないでいいから!」

 そう言ってすぐにスリッパに履き替え、手洗いうがいもそこそこに足早に階段を駆けていった。


 夕食時もおかしかった。

 家族全員で食卓を囲んでいたのだが、綾奈が俺から距離を取って座っていた。

 俺と綾奈は、家族の計らいで隣同士で座って、いつもなら綾奈が俺との距離を詰めて来るのに、それとは正反対の行動を取っていた。

 しかも、微妙に香水の匂いが強いのも引っかかりはしたが、特にそれを口にすることはしなかった。


 そして別々にお風呂に入って、この冬休みの日課になった髪の乾かし合いと恋人としてのスキンシップ。

 この日ももちろん行った。これについては特におかしいところはなかった。

 ただし、綾奈の行動は、だけど。

 いつものように長く深いキスを綾奈と交わし始めた直後から、綾奈の匂いに違和感を覚えた。

 綾奈はうちに泊まりに来るとき、ドラッグストアでトラベル用のシャンプーやボディーソープ等を購入していて、それが無くなって今はうちにある物を使っていたはず。

 なのに、綾奈の匂いは家で使っているボディーソープやシャンプーのそれではない。

 それより少し匂いが強めな物だ。

 俺はその匂いが気になってしまって、昨夜までの二日間、スキンシップに集中出来ないでいた。


 極めつけは今日、綾奈が出掛ける時だ。

 綾奈が出掛けるのに気付いた俺は、綾奈を見送るために玄関まで行った。

 綾奈は笑顔で「行ってきます」と言い、右手で玄関を開け、左手を俺に向けてひらひらと振り、そのまま出掛けて行ったのだが、俺はそれを見て心臓がズキリと痛んだ。


 だって、綾奈の左手の薬指に指輪が無かったから……。


 あの指輪をプレゼントしてから、綾奈は入浴時と就寝時以外はずっと左手の薬指に付けれくれていた。

 それがどうして、出掛ける時に指輪を外していたのかがわからなかった。

 いや、今日だけじゃなくて、俺が気づかなかっただけで、一昨日から出掛ける時は必ず指輪を外していたのかもしれない……。


 改めて思い返してみると、浮気をしていて、それを隠蔽しようとして、男の匂いを俺に嗅がせないようにしているのではないかと普通なら疑い始めるところなんだろうけど、あの綾奈が浮気をするとかありえない。

 綾奈は一昨年の終わり頃からずっと俺に一途で、誰からの告白も全て断ってきた。本性を知らなかったとはいえ、中村のようなかなりのイケメンが言い寄ってきてもだ。

 浮気なんて不誠実な真似は綾奈は絶対にしない。万が一していたなら、指輪を渡した時に泣いて喜ぶなんてことは出来ないだろう。実力派女優じゃないんだから。

 だからこそ余計にわからない。なぜ綾奈がそんな行動をするのか……。

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