第281話 交際の事実を認めない者たち

「はぁ、つまんね」

 俺と綾奈が最後までシテいるかシテいないか疑惑から少しして、麻里姉ぇも手伝いに戻ったあと、今まで一度も何かを喋ることがなかった男子……俺と綾奈がここに到着したとき、俺を睨んでいた奴が初めて声を出したが、その一言で他の元クラスメイトは静まり返った。

「つまんないって、何が?」

 千佳さんがそいつに食ってかかった。より正確に言えば、千佳さん以外に食ってかかれる奴はいなかった。

「だってそうだろ? なんで新年早々中筋なんかのノロケを聞かなきゃならないんだよ?」

「しかも西蓮寺さんとだぜ? ありえないだろ」

 俺を睨んでいたもう一人も声を発した。場の空気が悪くなってきている。

「いや、そもそもあんたら、あのメッセージを見てここに来たんじゃないの?」

 あのメッセージが何かはわからないが、おそらくは俺と綾奈の交際云々なことだろう。

「あんなんドッキリにしか思わないだろ。久しぶりに西蓮寺さんに会えると思って来てみたら、西蓮寺さんは本当に中筋と付き合ってて? それどころか結婚の約束もしている? 冗談が過ぎるぜ」

「そうそう。山根や宮原さんが中筋は良い奴みたいな話をしてるけど、どうせそれも中筋をよく見せるためにでっち上げた話だろ? よく遅刻しそうになってたし、こいつがそんなことするようには見えないんだよな」

 こいつらも中村みたいなタイプか。

 綾奈のような美少女と付き合っている以上、こういうやっかみや妬みを言ってくる奴はこれからも現れるんだろうけど、こいつらも当時は綾奈を見ているだけだったはずだ。特に綾奈に声をかけずにただ傍観していた奴らに、俺たちが付き合っていることをとやかく言われたくない。

 言いたいなら、何かアクションを起こせよ。

「でっち上げ、ねぇ」

 千佳さんが二人組を睨んだ。相変わらず怒ったら怖い。

「なら聞くけど、仮にあたしと山根が真人のいいところをでっち上げて綾奈に伝えたとして、それだけで綾奈がここまで真人に惚れると思ってんの?」

「そりゃあ、親友の宮原さんが売り込んだら信じるんじゃないのか?」

「はぁ……。呆れた。綾奈はそこまで単純じゃないよ。綾奈は自分で真人のいいところを見つけて少しずつ真人に惹かれていった。その頃はむしろあたしが綾奈の話がでっち上げだと思ってたくらいなんだから」

 それは以前、合唱コンクール全国大会の打ち上げの時にゲーセンで聞いた。

「それに真人は、西蓮寺さんに振り向いてもらうために痩せたんだ。痩せただけじゃなくて料理も勉強もすごく頑張ってたからな。今、真人の隣に西蓮寺さんがいるのは、真人の元々の性格もあるが、やっぱりこいつなりに頑張ったからだ。真人の努力をバカにする権利は、どこの誰にもありはしないと思うぜ?」

「一哉……」

 なんだよ……。普段はイジってくるくせに、柄にもなく真面目に言いやがって。聞いてるこっちが照れるっつうの。

「あんたらがそれでも綾奈が好きで、付き合いたいって思ってるなら真人から奪ってみるといいよ。絶対不可能だと思うけどね。以前、真人と別れて俺と付き合えって言った奴がいたけど、真人をディスりまくったおかげで綾奈の逆鱗に触れて、そいつは思い切りビンタをくらったけどね」

 千佳さんは中村のことを言ってるんだろう。

 あのとき初めて、綾奈が『私の未来の旦那様』って言ってくれたんだよな。その直前の綾奈の行動に驚きの方が強かったけど、その言葉を聞いて、めちゃくちゃ嬉しかった。

「私は真人を心から愛してる。そんな真人と別れて、他の人とお付き合いをすることは絶対にありえないよ。……理由もなく真人を悪く言う人とは特にね。それに、よく遅刻しそうになっていたのも、私のおばあちゃんの朝の散歩のお手伝いをしていたからで、決してギリギリまで家でダラダラしていたからじゃないんだよ」

 綾奈は笑顔だけど、その笑顔の裏にはうっすらと怒りの感情が言葉と共に出ていた。

「綾奈。どうどう」

 俺は綾奈の両肩を優しく掴み、綾奈を宥めた。

「むぅ……だってぇ」

「喧嘩するためにここに来てるわけじゃないんだから。言いたいやつには言わせとけばいいんだよ」

 これは以前、千佳さんが言っていたことだ。


 言いたいやつには言わせとけばいい。他人が俺たちの関係に口出しするのはお門違い。それを受け入れられない奴らの戯言。


 千佳さんの言葉を聞いてその通りだと思った。

「……真人がそういうなら」

「ありがとう綾奈」

 綾奈がしぶしぶだけどわかってくれたので、俺は綾奈の頭を撫でた。

「……えへへ」

 俺が頭を撫で始めると、綾奈はすぐに笑顔になった。やっぱり綾奈の笑顔は最高だ。

 こうして、なんとかこの場の空気がこれ以上悪くなることはなく事態は終息した。

「そういや真人。美奈ちゃんから聞いたんだけど、あんた昨日と一昨日、綾奈と一緒に風呂入ったって本当?」

「「はぁ!?」」

 収束したのもつかの間、千佳さんの一言で、この場はまた騒がしくなってしまった。

 美奈……帰ったら覚えてろよ。

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