第280話 真人、必死の弁明
その声を聞いた瞬間、俺は血の気が引き冷や汗が出てきた。
騒がしかったクラスメイト、一哉や千佳さんも黙りこくってしまった。
俺は、壊れかけのおもちゃみたいに、ゆっくりと後ろを向き、未だに俺の肩に手を置いている人物を見た。
「ま、麻里姉ぇ……」
「お姉ちゃん!」
その人物は麻里姉ぇだった。表面上はいつもの美しい笑顔なんだけど、まとっているオーラがまるで違う。
「え? 麻里姉ぇさっき、外で坂井先生と話してたんじゃ……」
「莉子との話が終わって手伝いに戻ったのよ。そんなことはどうでもいいから、さっきの件について詳しく聞かせてくれないかしら? 真人、父さんとの約束を破ったの?」
弘樹さんとの約束……子供を作る行為をするな。
もちろん覚えてるし、約束を違えていない。
「破るわけないじゃん! 誓ってしてないから!」
「そ、そうだよお姉ちゃん」
「……なら、なぜ彼はさっき、あなたたち二人が最後までシテると確信を持ったように言ったのかしら?」
そ、そうだ。元はといえば樹の一言が原因でここまでの事態になってるんだ。まずは樹に聞かないと。
「俺だって知りたいよ。樹、なんで俺と綾奈が最後までシテると思ったんだよ?」
およそケーキ屋でする話ではないけど、今はそんなことを言っている場合ではない。
「え? だって、あの時俺が「童貞卒業しやがって」って言ったら、否定しなかったじゃないか」
「え?………………あ」
あの時のアレか! めんどくさくてスルーしたけど、まさかそれがこんな事態になるとは思ってもみなかった。
「肯定もしてないだろ!」
「いや、あのタイミングでのノーコメントは肯定と捉えるだろ」
「な、なんで否定しなかったのぉ!? ましゃとのバカー!」
綾奈は俺の腕をポカポカ叩いてくる。全く痛くないけど、確かにこれはちゃんと否定した方がよさそうだ。
「まぁ、あの時否定しなかったのは悪かったよ。俺たちは誓って最後まではシテいない。綾奈のお父さんとの約束もそうだし、俺自身もそんな早い段階でそこまで踏み込もうとは思ってないから」
俺が最後の一線を超えるのは、どんなに早くても高校を卒業した後だ。それまではするつもりはない。
「なんだよ。ならあの時にちゃんと否定しろよな」
「だから悪かったって」
俺は野球部トリオに手を合わせて謝った。
「綾奈もごめんな」
「……うん」
綾奈は俺の腕を叩くのはやめ、代わりに俺の腕に額を当てていた。まだ耳も赤いから恥ずかしいのだろう。
俺は綾奈の頭を優しく撫でた。
「麻里姉ぇもごめん。信じてもらえたかな?」
正直、この人に信じてもらえないとどうしようもない。事実無根なのにそれを弘樹さんに報告されでもしたら、俺と綾奈の関係もどうなるかわかったもんじゃない。
「もちろん最初から信じてたわよ? ちょっと悪ノリが過ぎたわね。ごめんね二人とも」
「……え?」
つまり、いつものイタズラで俺たちの会話に割って入ったってこと?
「お、お姉ちゃん! だったら最初からそう言ってよぉ!」
「ほんとだよ。マジで心臓に悪い……」
「確かに今回のはやりすぎたわ。ごめんね」
「なあ、真人」
俺たち三人の会話に、啓太が入ってきた。
「どうした啓太?」
「西蓮寺さんが「お姉ちゃん」って言っているけど、まさかこの人って……」
啓太の質問に答える前に、俺は一度麻里姉ぇを見た。
高崎高校では、あまり綾奈と姉妹だってことを大っぴらにしていないみたいだから、その事実を話す前に、麻里姉ぇに許可を取るのがいいと思ったからだ。
俺の視線の意図に気づいた麻里姉ぇは、こくんと首を縦に振った。
それに、俺も同じようにしてこたえた。
「そうだよ。綾奈のお姉さんだよ」
「この中だと、千佳と山根君以外とははじめましてよね? 綾奈の姉の麻里奈です。よろしくね」
「「…………」」
麻里姉ぇが挨拶をしたのに、みんなはノーリアクションかと思ったけど、麻里姉ぇを見て固まっていた。
どうやら麻里姉ぇがあまりに綺麗だから男子も女子も見惚れているようだ。
「ちなみに麻里姉ぇは、ここ、ドゥー・ボヌールの店長、松木翔太さんの奥さんだよ」
「えっ!? ここの店長って、あのすっごいイケメンで有名な!?」
「知ってる! 前にテレビでこのお店の特集してた時見た!」
「ねー。すっごいかっこよかったよね!」
綾奈と千佳さん以外の女子がキャーキャー言ってる。さすが翔太さん。女子からの人気が凄まじいな。
というか、店内にいるのに翔太さんを見てなかったのか。
「待って。じゃあ店長さんって、綾奈ちゃんの義理のお兄さんなの!?」
「そうだよ」
「いいな~。イケメンのお兄さん!」
翔太さんは性格もイケメンだから、マジで非の打ち所がない。昨日の初詣のときに見せたあの表情は怖かったけど……。
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