第275話 坂井先生は驚愕する
ということで、ドゥー・ボヌールの近くまでやってきた俺たち。
ドゥー・ボヌールは正月でも営業してるんだな。
翔太さんと麻里姉ぇは、昨日は綾奈の家にいたから、昨日だけお休みだったんだろう。
お店に近づくと、店の外で、この店の制服に身を包んだ女性と、私服の女性が会話していた。友達なのかな?
だんだんとその人たちをちゃんと視認出来るようになるまで近づくと、私服の女性が声をかけてきた。
「あれ? 中筋君?」
「え?」
突然知らない女性に名前を呼ばれたと思い、俺はその女性の方を向いた。
「
声をかけてきた女性は、俺の通う風見高校の音楽教師にして合唱部顧問の坂井
その隣には麻里姉ぇもいて、危うく自然と「麻里姉ぇ」と呼びそうになったが、すんでのところで「松木先生」と呼べた。
プライベートとはいえ、坂井先生がいるところでいつもの呼び方は出来ないだろう。
「あけましておめでとう中筋君。それに綾奈ちゃんも」
「はい。あけましておめでとうございます莉子さん」
「あけましておめでとうございます坂井先生。って、知り合いだったの?」
綾奈と坂井先生が知り合いだったことに驚いた。
「うん。莉子さんはお姉ちゃんのお友達だから、私も以前から知ってたんだよ」
「そうなんだ」
そんなの初めて知った。
だって、風見高校と高崎高校の合唱部合同練習では、二人は全然話してなかったから、てっきり全く面識がないものだと思ってた。
「あれ? 中筋君と綾奈ちゃん、一緒に来たみたいだけど、二人って友達だったの?」
坂井先生は俺と綾奈の関係は知らないんだな。この様子だと麻里姉ぇも話してないんだろうな。
「いらっしゃい二人とも。ふふっ、いつも通りの呼び方でいいのよ真人」
「麻里奈? え? なんであなたが中筋君を下の名前で呼び捨てにしてるの?」
坂井先生の困惑を見て麻里姉ぇは少しイタズラっぽい笑みを見せている。たまに見ることのできる麻里姉ぇのかわいいところだ。
「なんでも何も、真人は
説明になっていないよ麻里姉ぇ。それだと坂井先生が余計に混乱するから!
「弟!? は? え? 中筋君、麻里奈と姉弟だったの!?」
ほら、やっぱり混乱が強くなったじゃん。
「麻里姉ぇ……ちゃんと説明してあげてよ」
「麻里姉ぇ!? やっぱり姉弟!? なんで言ってくれなかったの二人とも!」
「あのね莉子。実は───」
混乱する坂井先生をいったん落ち着けさせ、麻里姉ぇは俺と綾奈の関係を説明してくれた。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
まぁ、やっぱりそういうリアクションになるよな。うん。
「な、中筋君と綾奈ちゃんが……こ、婚約している?」
坂井先生はわなわなと震えていた。まぁ、にわかには信じがたい話だよな。
「ええそうよ。私たちや真人の両親も認めてるし、昨日も私たちと翔太さん、それに両親の六人で初詣に行ったわ。それから莉子、綾奈の左手をよく見て」
坂井先生は綾奈の左手をじっと凝視し、そして薬指にはめられている指輪を見つけて目を見開いていた。
「あ、綾奈ちゃん。それって……」
「はい。真人から貰った婚約指輪です」
「………………」
坂井先生、唖然としている。
婚約とか、およそ高校一年生の口から出る言葉ではないもんな。
「……教え子に、先を越されるなんて」
「まぁいいじゃない。現役高校生に先を越されるなんて滅多にないんだから。レアよレア」
「ちっとも嬉しくないわよ!」
坂井先生、今度はヒートアップしてきた。これ以上先生のボルテージが上がる前に話題を変えた方が良さそうだ。
「と、ところで、麻里姉ぇと坂井先生はここで何を話していたんですか?」
「明日は莉子と遊びに行く約束をしていたから、ここで明日の細かい予定を決めてたのよ」
教師の仕事が始まる前に遊んでおこう的なやつかな?
「そうなんだ。二人とも楽しんできてくださいね」
「ありがとう真人」
「中筋君。冬休み明けたら部活でみっちりとしごいてあげるわ」
「えぇ……」
「教え子にあたるのはやめなさい莉子」
「麻里奈は義弟に甘いのよ!」
「家族を大事にするのは当たり前でしょ?」
麻里姉ぇの言葉はすごく嬉しいんだけど、坂井先生には火に油を注ぐだけのような気がする。
「見てなさい! 今年こそ高崎高校に勝ってやるんだから!」
「ふふっ。楽しみにしてるわ」
「あはは……」
坂井先生と麻里姉ぇのやり取りを見て綾奈が苦笑いをしている。
てか、これって風見高校合唱部の練習が厳しくなるんじゃ……俺や一哉みたいな臨時部員も駆り出されそうな雰囲気だな。
一哉、そしてみんな。ごめん。
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