第271話 二人で支え合って

「綾奈。別に写真に撮らなくても……」

 なんの変哲もない野菜炒めなんだから……そう言おうとした俺は、綾奈の言葉に遮られた。

「だ、だって! 真人が初めて作ってくれた料理なんだもん! 記念に残したくなっちゃったの!」

「そ、そんなに!?」

「うん! もー、お母さん。真人が作ったのなら初めから言ってよぉ。食べる前に写真を撮りたかったぁ……」

「はいはい。ごめんね綾奈」

 綾奈の言葉に口角が上がる。ここまでのリアクションを見せられて、嬉しくならない男はいないだろう。

「うぅ~、美味しいよぉ……」

 写真を何枚か撮った綾奈は、そう呟きながら野菜炒めだけをぱくぱくと食べている。

 明奈さんもキッチンから菜箸を持ってきて一口食べた。

「本当、美味しいわ! ふふ。良かったわね真人君」

「ええ、本当に。こんなに美味しく食べてくれると作った甲斐がありました」

 好きな人に自分の作った料理を美味しそうに食べてもらうのって、こういう感覚なんだな。

 母さんに料理を教わって、今、それが一番報われた瞬間かもしれない。

「真人君の野菜炒め。本当に美味しかったからね。綾奈ちゃんがそうなるのもわかるよ」

 翔太さんが言った。プロの人に言われるとは思ってなかったな。

「お義兄さんも食べたんですか?」

「うん。麻里奈とお義父さんも食べたよ」

「ええ。想像よりずっと美味しかったわ」

「俺もだ。正直驚かされた」

「まだ荒削りだけど、ちゃんと勉強すればもっと美味しくなるのは間違いないよ。真人君には、料理の才能があるのかもしれないね」

「し、翔太さん。それは言い過ぎですって」

 こんな素人に毛が生えたような奴の料理を褒めちぎっても、何も出やしないのに。

「僕は本当のことを言ってるよ。料理って、確かに技術的な部分が大半を占めるかもしれない。でも、食べてもらう人に喜んでもらいたいって気持ちも大切だよ。僕はいつもそう思ってケーキを作っているから。人を思いやる気持ちが強い真人君は、腕を磨けばもっともっと美味しい料理を作れるようになるよ。僕が保証する」

「翔太さん……」

 確かに、綾奈が美味しそうに食べる様子を見て、とても嬉しく感じた。

 俺の作った料理程度でここまで喜んでくれるのは綾奈だけかもしれない。でも、喜ぶ綾奈の顔を、もっと見たい。

 ……料理。もっと真剣に取り組んでもいいかもしれないな。

「ところで、真人君はどうして料理をしようと思ったのかしら~?」

 明奈さんが言った。

「それは私も思ったわ。真人は料理のプロを目指していないのに、どうして良子さんに教わったのかしら?」

 麻里姉ぇも続いた。

 確かに、高校一年で自主的に料理をしようと思う男子は少ないだろう。それこそ、料理人を目指している人しかしないかもしれない。あとは趣味で料理をしているとか。

 ただ、明奈さんの言い方はなんというか、少しわざとらしかった気がする。

 もしかして、明奈さんは母さんから理由を聞いているのかも……。

 そう思った俺は、明奈さんを見た。

 俺の視線に気づいた明奈さんは、パチッとウインクをした。絶対知ってるなこの人。

 綾奈を見る。何も言ってきてはいないが、知りたいと目が訴えかけてきている。目は口ほどに物を言うという言葉がこれほどまでに当てはまる瞬間はそうないかもしれない。

 俺はそれが嬉しくもあり、照れくさくもあって、少しだけ口角を上げてから口を開いた。

「その、将来綾奈に任せっきりにしたくなかったから、だよ」

「そ、それって……」

「うん。綾奈と一緒に暮らした時に、綾奈を手伝いたいって思ったから」

「……!」

 綾奈は大きく息を飲んだ。

 綾奈はきっと、俺と一緒に生活をした時、家事の全てを自分でやろうと考えたはずだ。尽くしたがりの綾奈だから、きっと嫌な顔ひとつせずにしてくれるだろう。

 だけど、俺は綾奈に家事の全てを押し付ける気はサラサラないし、それは絶対にしたくなかった。


 綾奈には、俺のために家事をする喜びじゃなくて、二人で一緒に家事をする喜びを感じてほしい。


「真人。……すごく嬉しい。ありがとう」

 綾奈は人差し指で軽く目を擦りながら言った。

「二人で支え合っていこうね」

「……はい。旦那様♡」

 俺たちは笑いあった。すごく幸せな時間だ。

「……千佳から聞いていたけど、本当にどこでもイチャつくのね」

「それだけ二人がお互いを大切に思っている証拠だね」

「いいわねー。なんか初々しいわ~」

「あぁ。真人君なら安心だな」

 俺たちに向けられる四人の視線と言葉に、俺と綾奈は俯き赤面した。

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