第270話 真人の手作り野菜炒めを食べた綾奈は……

 しばらくして、綾奈が私服に着替えてリビングに降りてきた。

 綾奈の後ろには明奈さんもいる。

 明奈さんは俺が頼みを了承すると綾奈の部屋へと向かったのだ。きっと着物を脱ぐ手伝いをしていたんだろう。

「さ、綾奈、真人君も。お昼食べちゃってちょうだい」

「はーい」

 綾奈が返事をして自分の椅子に座ったので、俺も綾奈の対面に座る。

「真人、待っててくれてありがとう。お腹すいたよね?」

「まぁ、ね。でも少しだけだから気にしないでよ」

 空腹感よりも、俺の作った野菜炒めが綾奈の口に合うかの緊張感の方が強かった。

 綾奈は俺の返しに笑顔を見せてくれて、両手を合わせ「いただきます」をした。

 綾奈が最初に箸を持っていったのは野菜炒めだ。迷うことなく箸をもっていったので一気に緊張感が増幅する。

「あーんっ」

 白菜やにんじん、玉ねぎを掴んだ綾奈が、あっさりとそれらを自分の口の中に放り込んだ。

 シャキシャキと言う音が綾奈から聞こえる。

 頼む。綾奈の口に合っていてくれ。内心で祈るようなポーズをする俺。

「…………あれ?」

 野菜炒めを飲み込んだ綾奈が首を傾げた。お、美味しくなかった!?

「あら、どうしたの綾奈?」

「うん。なんかね、この野菜炒め、いつもと味付けが違うなって」

 そう言い、もう一度野菜炒めに箸を持っていく。

「美味しくなかったかしら?」

「ううん。そんなことないよ。この野菜炒めもとっても美味しい。もしかして……」

 綾奈の言葉に緊張が若干弛緩した。美味しいと言ってもらえてちょっとだけ安心した。

「真人がいるから味付けを少し濃くしたの?」

 なるほど……。西蓮寺家の味付けはもう少し薄いのか。覚えておこう。

俺は頭の中で忘れないようにメモをとった。

「ふふ。当たらずとも遠からずね」

「? どういうこと?」

 綾奈がまた首を傾げた。何度見ても可愛い。

「じつはその野菜炒めはね……真人君が作ってくれたのよ」

「…………へ?」

 数拍遅れて可愛く素っ頓狂な声を出した綾奈。次の瞬間には目を見開き、俺と明奈さんと野菜炒めを何度も見てくる。忙しなく首を動かしている綾奈も可愛い。

「ほ、本当!? この野菜炒め、真人が作ってくれたの!?」

「う、うん。皆さんに頼まれてね。俺もなんか野菜が少ないなって思ってたし。腰もサポーターのおかげで痛くなかったから大丈夫かなって……だから作ってみました」

「……真人の、旦那様の手料理」

 俺が作った野菜炒めをボーッと見ながら呟く綾奈。

 綾奈は箸を置き、ロングスカートのポケットからスマホを取り出し、そのスマホを横に持ち、野菜炒めに向けている。ま、まさか……。

 そう思った次の瞬間、綾奈のスマホから「カシャ」っと音が鳴った。どうやら本当に写真を撮ったようだ。

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