第262話 美奈の怒りも爆発

 俺は痛む腰をおさえながら、ゆっくりと境内の裏手にある道を進んでいた。

 綾奈とシュンスケ君を追って行った美奈と茉子を追いかけ、神社をぐるっと一周しても見つからなくて、それでこの場所の存在を思い出して、ここに来たというわけだ。

 少し進んだところで、奥から綾奈の声が聞こえてきた。

 これは、以前ゲーセンで中村に怒りを我慢している時の綾奈の声音だ。何が起きているのか知らないけど、綾奈はかなり怒っている。

 美奈と茉子もかなり声を荒らげている。

 俺は、茉子がこんなに声を大にしているよりも、さらに驚くことがあった。


 そうか。茉子は俺のことが……。


 茉子の気持ちに全然気づかなかった。

 今は俺を「兄」と呼んでくれている妹の親友が、俺が綾奈を好きになるずっと前から、俺に好意を寄せていてくれてたなんて……。

 茉子には、本当に申し訳ないことをした。

 茉子の想いに、俺は応えてあげられない。

 それは茉子もわかっている。

 聞いてなかったフリをする事は出来るだろうけど、俺自身、それをするのが何となく嫌だった。

 なんて言おうか考える。

 少し考えて、綾奈の言葉が聞こえなくなったタイミングで、俺はみんなの前に姿を見せた。

「綾奈、ありがとう。……もうそのへんにしといてあげなよ」

 俺がここに現れるなんて微塵も思っていなかったであろう三人は驚いていた。

 綾奈は俺を視認すると、すぐに俺のそばへと駆け出してくれた。草履を履いているんだからゆっくりでいいよ。

「な、なんだよあんた!?」

 先に声を出したのはシュンスケ君のお兄さんだった。確か、横水君だったかな?

よく見ると、以前美奈に写真を見せてもらった、綾奈で妄想していると言っていた三人組のリーダー格の男子だった。

「俺が美奈の兄貴の中筋真人だ」

「は!? 嘘だろ!? だってこいつの兄貴はすごくデブだったはずだろ!?」

 横水は美奈を指さして叫んだ。困惑の色が強い。

「ダイエットをがむしゃらに頑張ったんだよ。綾奈とお近付きになりたくてね。……いてて」

 この神社の敷地面積は結構広い。その神社を一周した後にここに来たので、腰の負担もそれなりのものになっていた。

「真人。無理しちゃダメだよ」

「大丈夫。ちょっと痛むけど問題ないよ。ありがとう綾奈」

 心配してくれる綾奈の頭にポンと手を置いた。

 横水君を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。好きな人が他の男にピタッとくっついて、自分の頭に手を置かれてとても嬉しそうな表情をするのを見るのはさぞ面白くないだろうな。

 だが、そんな表情をしていたのはほんの数秒で、横水君はすぐにニヤリとした笑みを浮かべた。

「はっ、あんたまだ高一なんだろ? それなのに腰が痛むとか、ダサすぎだろ。ジジイかよ?」

「よこ…………え?」

 綾奈が怒りをあらわにしながら横水の名を口にしようとしたが、それはすぐに驚きの声に変わった。

「何も知らないくせに、勝手なこと言うなー!!」

 俺のこの状態をバカにした横水君。その言葉を聞いた美奈が、横水君に向かってダッシュし、そのまま横水君の腹をぐーで殴った。

「ぐほっ!」

 さすがに効いたみたいで、横水君はその場にうずくまった。

「今の状態のお兄ちゃんを悪く言うのだけは絶対に許さない! さっきの言葉、今すぐ取り消しなさいよ!!」

 美奈が声を荒らげた。俺も聞いたことがないような声音だ。

「……はぁ? 何だってんだよ。意味わかんねぇ」

「これは、お兄ちゃんがお義姉ちゃんを守って負った怪我なの!」

 美奈は、昨日俺が腰を強く打った経緯を横水君に話した。その途中、美奈の目から涙が溢れていた。

「───だから、ひっく、私の、お兄ちゃんを、ぐすっ、わ、悪く言うのはやめてよぉ……」

「……」

「みぃちゃん」

 横水は呆然、茉子は美奈を心配そうに見ている。

 俺は綾奈のそばを離れ、ゆっくりと美奈に近づき、後ろから美奈の肩に手を置いた。

「美奈。ありがとうな」

「……お兄、ちゃん」

 美奈は涙でくしゃくしゃになった顔を見せ、すぐに俺に抱きつき泣きじゃくった。

 俺は美奈を優しく抱きしめ、頭を撫でた。

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