第261話 綾奈の怒りが静かに爆発

「綾奈先輩。……先輩のこと、ずっと前から好きでした。俺と、お付き合いをして下さい!」

 横水君は、ストレートに私に想いを告げた。

 さっき、あんなに真人をバカにしていた人とは思えないほどまっすぐに。

 私は何も言わず、首肯もせず、ゆっくりと横水君に近づいていく。

「「…………」」

 私の後ろでは、美奈ちゃんとマコちゃんが固唾を飲んで私の行動を見ているようだ。

 結果はわかりきっているのだから、そんなに緊張しなくてもいいのにと思う。

 私は横水君の三十センチ程手前で止まり、彼の顔を見るために少しだけ上を向いた。

「告白ありがとう。横水君」

 私は、私に告白してくれた相手に感謝を伝えるのを忘れない。たとえどんな人であろうと、勇気を出して告白してくれたのだから、その相手に対し、敬意を込めてお礼を言う。

 それで勘違いされた事も何度かあるけど、私はお礼を言うのをやめない。

 私がお礼を言ったことで、横水君の顔がパアッと明るくなった。

 一歩、横水君は私に歩み寄る。

「綾奈……」

 横水君は私を呼び捨てにし、私の左肩に自分の右手を置こうとした。

 散々真人を、美奈ちゃんを、マコちゃんをバカにしたこの後輩に呼び捨てにされたことで、私の中の何かが切れた。


 パシッ!


 私は、横水君のその手を払いのけた。

「気安く私を呼び捨てにしないでくれるかな?」

「…………え?」

 私はにっこりと微笑みながら言った。微笑んではいるけど、その笑顔には怒気をこれでもかと放出していた。

 私の返答が予想外すぎたのか、横水君はかなり遅れて間の抜けた声を出した。

 私は気にせずに、さっき横水君の手を払った左手を彼の目線の高さまで持っていった。

「は? え? その、指輪は……」

「さっきあなたが散々デブって言った、美奈ちゃんのお兄さんからもらった指輪だよ」

 私のしている指輪を見て驚愕している横水君。だけど私は気にせずに言葉を続ける。

「美奈ちゃんとマコちゃんが言ったことは全て本当だよ。私と美奈ちゃんのお兄さん、真人は将来結婚の約束をしているの。真人は私の大切な旦那様なんだよ」

「う、そ……です、よね?」

「ねえ横水君。私、相当怒ってるんだよ? 愛する旦那様をここまでバカにされて、怒らない人なんていないよね?」

 私は、真人をよく知りもしないで侮辱する人を絶対に許さない。そんな人に、一切の容赦はしない。

「あなたは確かにかっこいいと思うよ? 私もその通りだと思う。けど、横水君が真人に勝っているのは運動神経だけだと思う。サッカーをしているんだもの、当然だよね? だけど、それ以外では真人には何一つ勝てない。ううん、足元にも及ばないよ。あなたは去年までの真人しか知らない。そんな人が私の……私たちの大切な人をバカにするのは耐えられないの。だから、二度と真人を侮辱しないでくれるかな?」

 横水君から「ひゅっ」という音が聞こえた。少しはわかってくれてるといいな。

 これでもわかってくれなかったら……本当、どうしてあげようかな?

 そんなことを考えていると、美奈ちゃんが私の腕に抱きついてきた。

「そうだよ! 私のお兄ちゃんは、お義姉ちゃんに恋をしてから変わった! 今はすっかり痩せて、かっこいい私の自慢のお兄ちゃんなんだ。あんたみたいに外見が良いだけのハリボテ野郎とは訳が違うんだから!」

 美奈ちゃんが「お義姉ちゃん」呼びに戻してくれた事に安心した。

 それにしても、「ハリボテ野郎」って……。

 マコちゃんも私の横に立った。さすがに美奈ちゃんみたいに腕に抱きついてはこないみたい。

「横水君。私は真人先輩を、体型がふっくらしていた時から好きだったんだよ。西蓮寺先輩が真人先輩を好きになるずっと前から。体型なんて関係ない。みぃちゃんの家に遊びに行く度に見せてくれた真人先輩の優しい笑顔、そして私にかけてくれた人を思いやる言葉の数々。そんな先輩に恋をしちゃうのに、そんなに時間はかからなかったよ。今はもう私の初恋は叶わないけど、それでも私は真人先輩を慕ってるよ。その気持ちは、みぃちゃんにも、西蓮寺先輩にも負けないって思ってる。だからお願い。これ以上私たちの大切な人を悪く言うのはやめてほしい」

「マコちゃん……」

 マコちゃんの言葉を聞いた私は、自然とマコちゃんの手を握っていた。

「! ……西蓮寺先輩」

「綾奈でいいよ。マコちゃん」

 私はマコちゃんに笑いかけた。マコちゃんには、先輩呼びしてほしくないって強く思ったから。

「っ。……はい。綾奈さん」

 一瞬、驚いた表情を見せたマコちゃんだけど、すぐに笑顔を見せてくれた。改めて見ると、本当にすごくかわいい。

 私が抱いていた怒りは、二人のおかげで次第に霧散していった。

「横水君。真人を慕っているのは私たちだけじゃないよ。他にも真人を想っている女の人もいるんだよ。真人には人を惹きつける力があるの。男の人も女の人も、真人と関わることで変わったんだよ。真人の周りには笑顔が溢れてる。みんな、真人といると本当に楽しそうで、親友とはたまに冗談半分で言い合ったりしてるけど、それでも心から楽しんでいるのがわかるの。真人が繋いでくれた絆も沢山あるんだよ。そんな真人が私を生涯のパートナーに選んでくれたことは、私の一番の誇りなの。真人の隣に立って恥ずかしくない人間になろうって、私は常々思ってるんだよ。だから、これ以上真人の悪口を言うのはやめて」

 私は、横水君に真人を少しでも理解してもらおうと思い、真人の魅力を伝えた。

 真人は本当に素敵な人。その気持ちは、私の好きな気持ちと同じで、日に日に大きくなっていっている。

 そんな真人が私を結婚相手に選んでくれたこと、絶対に後悔なんてさせたくない。

 私は真人の隣に堂々と立てるような、そんな女性になりたい。

「綾奈、ありがとう。……もうそのへんにしといてあげなよ」

「「「えっ?」」」

 私たち三人は、声がした後ろを見た。

 なんでここに!? だって、みんなとあそこで待っていたはずなのに……。

 腰も痛めていて、あの人混みをかき分けて来るのも大変なはずなのに……。

 ここに私たちがいるなんて知らないはずなのに……。

「真人!」

「お兄ちゃん!」

「真人お兄ちゃん!」

 私たちは、声を揃えて真人を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る