第260話 込み上げる怒り

「はぁ……はぁ……っ。やっぱり、あんただったんだね!」

 美奈ちゃんは肩で息をしながら横水君を睨んでいる。

 美奈ちゃんから少し遅れてやってきたマコちゃんも同様に肩で息をしていた。二人とも、必死に私を探していたんだ。

 ……これで、横水君が誰のことを言っているのかはっきりした。

 理解した瞬間、私の中に強烈な怒りの波が押し寄せてきた。

 私は俯き、力いっぱい両手で拳を作った。

「シュンスケ君を見て、はぁ……、あんたの弟も、シュンスケっていうのを思い出してね。はぁ……、急いで後を追って来たけど、はぁ……、やっぱり来て、正解だった!」

 美奈ちゃんは息を整えながら横水君を見て言った。怒りの中、心配して来てくれた義妹に嬉しさを感じる。

「中筋。お前も来てたのかよ」

「横水。私前に言ったよね!? 私の義理のお姉ちゃんになる人で卑猥な妄想しないでって」

「俺もお前に言ったよな? お前のデブの兄貴なんか綾奈先輩が相手にするわけねーじゃんってな!」

「…………」

「私は嘘なんか言ってない!」

「よせよ見苦しいぞ。綾奈先輩が綺麗で憧れるのは勝手だけど、そんなのは妄想の中だけにしとけよ。お前、イタイぞ」

「横水君、本当だよ。みぃちゃんのお兄さん、真人先輩と西蓮寺先輩は本当に付き合ってるし、結婚の約束もしてるんだよ」

「吉岡……。お前も中筋の妄言を信じてるのかよ? 普通に考えてもみろって。こいつのデブの兄貴と綾奈先輩……並んで歩いてたら綾奈先輩が恥ずかしいだろう? 学校一の美少女と呼ばれた綾奈先輩が笑いものになるのは見てられないんだよ」

 マコちゃんの言葉にも全く耳を貸さずに、横水君は真人をデブ呼ばわりしている。

 真人を……私の愛する、旦那様を……。

「あんた、私のお兄ちゃんをまた悪く言う気!?」

「悪く言うも何も実際そうだろうが。お前の言葉は、綾奈先輩に恥をかかせようとしているって理解していないのか?」

「……横水君、私からもお願い。真人先輩をこれ以上悪く言うのはやめて」

 マコちゃんが静かに、だけどよく通る声音で言った。好きな人をバカにされて、マコちゃんも怒っているみたい。

「なんだよ吉岡まで。もしかしてお前、こいつの兄貴が好きなのか? あんな太った先輩を」

「そうだよ悪い!? いつも私に優しくしてくれる真人先輩を好きになっちゃいけない!?」

 マコちゃんが叫んだ。その目には涙が滲んでいる。

 横水君の言葉は、マコちゃんの想いも侮辱している。私と同じ人を好きになって、今は真人を兄と慕っているマコちゃん。

 そんな彼女の心までバカにされたら、私も我慢出来そうにない。

「マジかよ。お前、けっこう告られてるって聞いたことあるけど、全て断ってるのって中筋の兄貴が好きだったからなのかよ。ウケるな」

「何がおかしいのよ!?」

 美奈ちゃんもだいぶ怒っている。

「吉岡に告った奴等は、みんなお前の兄貴に負けてるってことだろ? あんなのを好きになるのもそうだが、それに負けるとかウケるだろ」

「横水、あんた……っ! じゃあ、あんたは私のお兄ちゃんに勝てるっていうの!?」

「当たり前だろ? ていうか、勝負になるわけねーじゃん」

 横水君はからからと笑っている。

 この後輩は、真人に勝てると思ってるんだ。……真人に勝てる要素なんて、せいぜい運動神経くらいしかないくせに。

「なら、今ここで、綾奈先輩に告ってみなよ!」

「は?」

 美奈ちゃんが驚きの提案をしてきた。

 横水君は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。

 美奈ちゃんに「先輩」呼びされるのは久しぶりで、なんだか寂しい。

「あんた前に言ったよね? 「綾奈先輩に会ったら告白する。俺が告白すれば綾奈先輩はオチる」って。なら、今ここで告白しても問題ないよね? 私たちにこれだけ言ったんだから、今更逃げるなんてダサい真似、あんたはしないよね?」

「私もそれ、教室で聞いたよ。横水君の中では、自分が告白すれば百パーセント西蓮寺先輩は付き合ってくれるんだよね? 先輩が横水君の彼女になることろを、私たちに見せてよ。もしそれで付き合えたら、私とみぃちゃんは横水君に土下座して謝るよ」

 マコちゃんも横水君をすごい煽っている。それほど長い付き合いをしているわけじゃないけど、普段こんなことをいう子じゃないのは知っている。よっぽど真人をバカにされて腹が立っているんだね。

 私は心を落ち着けてから、まっすぐに横水君を見つめた。

「っ! ……別に、女に土下座させる趣味は持ってないからいい。だが、ここまで言われたから告白はさせてもらうぞ。……綾奈先輩も、いいですか?」

 私は何も言わず、首肯だけした。

「ありがとうございます。すぅーー……はぁーー……」

 横水君は目を閉じ、一度深呼吸をしてから再び目を開け、真剣な眼差しで私を見た。

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