第256話 迷子の男の子
それからも俺たち十人は同じ場所で話をしていると、どこからやってきたのか、小学校中学年くらいの男の子が綾奈の着物の袖をクイッと引っ張った。
「え?」
袖を引かれ、少年を見た綾奈は驚いたけど、すぐに笑顔になり、しゃがんで男の子の目をまっすぐ微笑みながら言った。
「どうしたの僕?」
「その、お兄ちゃんと、はぐれちゃって……」
どうやら男の子は迷子のようだ。これだけの人混みだから無理はないのかもしれないが、やっぱり親か上のきょうだいがしっかりと見とかないとなと思ってしまう。
「そうなんだ。お兄ちゃんとはぐれて心細いよね」
綾奈は微笑み続け、男の子の頭を撫でている。
「うん。……お姉ちゃん、一緒に探してほしい」
「もちろん。みんなもいいよね?」
綾奈の問に、全員が首肯する。しかし……。
「お姉ちゃんがいい」
「え?」
「お姉ちゃん、一緒に探してほしい」
どうやら、男の子は綾奈をご指名のようだ。
俺たち全員で探した方が早く見つかると思うんだけどな。
きっと綾奈の美しさに心を奪われたんだろう。小学生まで虜にしてしまうとは、我が婚約者ながらすごいと思う。
その指名された綾奈はというと、顎に手を置き考えを巡らせているみたいだ。その間、俺の顔をチラチラと何回か見てきた。腰の心配をしてくれているんだろうか?
「わかった。じゃあお姉ちゃんと一緒に探そっか」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
十数秒ほど逡巡していた綾奈は、男の子の頼みを了承した。
ちゃんとお礼を言えるなんて、この少年は歳の割にしっかりしているな。
「みんなごめんね。この子のお兄ちゃんを探してくるよ」
俺たちにそう告げた綾奈は、俺のそばに来て俺の両手を握った。
「真人、ごめんね。なるべく早く見つけて戻ってくるからね」
上目遣いでそう言った綾奈の顔は、今にも泣きそうで、とても辛そうだった。
俺だって綾奈と離れるのは嫌だけど、そこまで思い詰めるもの…………あっ。
そこまで考えて、俺は今日、綾奈の部屋で綾奈が口にした言葉を思い出した。
『き、今日はね、その、出来るだけ、真人のそばにいたい』
そうだ。あの時綾奈は確かにそう言っていた。
恐らく、自分の気持ちと迷子の男の子を天秤にかけた結果、男の子を優先することにしたんだろう。
迷子の男の子のお願いを無下に断るなんて綾奈には……いや、大抵の人は出来ない。
「ごめんな。俺も一緒に行けたらいいんだけど……」
「ううん。真人は腰の負担も増えちゃうから。だからここで待ってて」
「……わかった」
お互い名残惜しそうにゆっくりと手を離し、綾奈は男の子の手を取った。
「じゃあ行こっか。君のお名前はなんて言うの?」
「僕、シュンスケっていうの」
「いい名前だね。行こ、シュンスケ君」
綾奈とシュンスケと名乗った男の子は移動を開始し、少ししたら人混みの中に消えていった。
「……シュンスケ?」
俺の後ろで、美奈がぽつりとさっきの男の子の名前を呟いた。
「美奈。どうした?」
「うん。ちょっと気になることがあって。……確か……それに…………顔も……うん。ねぇ、マコちゃん」
美奈は何かぶつぶつ言っていると思ったら、今度は茉子とヒソヒソと話し始めた。二人の顔は真剣で、それでいてどこか不安が混じっているようにも感じた。
「ごめんお兄ちゃん。お義姉ちゃんが心配だから私とマコちゃんも探してくるよ」
「はい。なので皆さんはここで待っていてください」
二人の突然の申し出に驚く俺たち。
心配って。確かにこの人混みの中では、すれ違う人にぶつかったりしたら危ないし、もし綾奈がナンパなんかに出くわしたら……。
もしかして、二人が心配してるのはそれか?
確かに、俺と一緒に下校し始めてから、今まで何度かナンパされた綾奈だ。ここでもナンパされないなんてことはないのかもしれない。そう思うと、やっぱり綾奈一人で行かせたのは失敗だった。
「ちょ、二人とも!?」
「心配って、一体どうしたのさ?」
茜と千佳さんも驚きと困惑の表情で二人に聞いていた。
茜と千佳さんだけでなく、みんなも驚いていた。
「なんとなくだけど嫌な予感がするの。それにあのシュンスケって子、私の予想が正しかったら、アイツの……」
「みぃちゃん。西蓮寺先輩が心配だから早く行こう!」
「そうだね」
「美奈、茉子。俺も行く……痛っ」
急に動いたから腰に痛みが。あぁもう、この痛みがなければ……!
「無理しないでお兄ちゃん。ここは私たちに任せて。戻ったらちゃんと話すから」
「そうだよ。真人お……先輩は、ここで待っていてください」
美奈と茉子は、そのまま綾奈たちが向かった方角へと走り出した。
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