第255話 初詣が終わったら……
「綾奈ちゃん。ちょっと……」
「え?」
茜が綾奈を呼びながら手招きをしている。一哉も同じく。
茜に呼ばれた綾奈は、俺の腰から手を離し、茜たちの所に歩いていった。
さっきの北内さんと茉子みたいに、何やらヒソヒソと話をしている。……と、思ったら、一分もしないうちに話は終わって、綾奈はまた俺のそばまで戻ってきた。
「一哉たちと何を話してたの?」
「秘密だよ」
人差し指を口元に持っていき、ウインクをする綾奈。着物姿でメイクもしっかりしている今の綾奈がやると、効果は絶大だ。
当然ながら俺の心臓はドキドキと高鳴っている。
「そうだ。あのね、真人」
「ど、どうしたの綾奈?」
「この後ね、おばあちゃん家に寄ったらダメかな?」
「幸ばあちゃんの家?」
幸ばあちゃんこと、新田幸子さん。綾奈のおばあさんで、俺が中学三年の時から、幸ばあちゃんの朝の散歩のお手伝いをして仲良くなった人だ。
まさか幸ばあちゃんが綾奈のおばあさんだったのには驚かされた。
ちなみに幸ばあちゃんの家は、神社と綾奈の家の間の道を曲がってすぐの所にあるらしい。行ったことがないから詳しくはわからない。
「うん。最近会ってないし、それに……これの件もちゃんと言おうと思って」
「確かに。幸ばあちゃんにもちゃんと報告しとかないとな」
綾奈は自分の左手を顔の高さまで上げた。陽に照らされて、薬指のピンクゴールドの指輪が輝いている。
俺も幸ばあちゃんにはしばらく会っていなかったので、この指輪のことや、綾奈と結婚の約束を交わしたことなんかも報告出来ずに今日まで来てしまった。
幸ばあちゃんにも、随分とお世話になっているから、ちゃんと言わないとな。
「ありがとう。それからごめんね。腰痛いのに」
「気にすることないって」
俺は綾奈の頭にポンと手を置く。
「あーでも、幸ばあちゃんの家に行く前に、ドラッグストアに寄ってもいいかな?」
「ドラッグストア?」
「うん。腰サポーター、買おうと思って」
まだまだ痛みが引かないし、日常生活にも影響しているので、気休めかもしれないけど腰サポーターを買おうと、神社に行く途中から考えていた。
幸いにも幸ばあちゃんの家に行く道すがらにドラッグストアがあるのでちょうどよかった。
「あ、……そうだよね。腰サポーター、必要だよね。ごめんね気づかなくて」
「いやいや、謝るところじゃないから」
大袈裟な綾奈だけど、俺の腰を本気で労わってくれているのがわかるから凄く嬉しい。
「……うん。じゃあ、おばあちゃんの家に行く前に、ドラッグストア、行こうね」
「うん」
綾奈は俺の腕にピトッと身体を密着させ、また俺の腰をさすってくれた。
顔をくっつけないのは、やはり化粧をしているからだろう。
「お前ら、イチャつくのは帰ってからにしろよ」
一哉の言葉に周りを見渡すと、みんな俺たちを生温かい目で見ていた。
「ご、ごめんみんな!」
「マコちゃん。この後マコちゃんの家に行っていい? 二人の邪魔したくないし」
「み、美奈ちゃん!」
なんで帰ったら俺たちが即イチャつく前提で話をしているんだよ!?
「も、もちろんいいよ」
茉子が赤面しながら美奈のお願いを了承した。
「お義姉ちゃん。お兄ちゃんとイチャイチャ、しないの?」
「あぅ……そ、それは……」
綾奈が顔を真っ赤にして言い淀んでいる。え? 帰ったらイチャイチャするの? 夜ではなく?
そう考えた俺の顔も一気に熱を帯び、心臓も早鐘を打っていた。
「み、美奈。……あまり遅くならないようにな」
俺はドキドキしながらそんなことを言ってしまう。これ、帰ったらイチャイチャするのを肯定しているのと同じだな。
「それはお兄ちゃんたち次第だから」
妹にまで気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
俺はなるべく人前ではイチャつかないようにすることを心の中で誓った。
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