第250話 雛、合流

「健ちゃ~ん」

 俺が腰の痛みでもがいていると、少し離れた所から聞き覚えのあるほんわかした声が聞こえてきた。

 俺たちが声がした方向を向くと、健太郎のお姉さんの清水雛先輩が手を振りながら近づいてきた。

「こっちだよ姉さん」

 小走りでやってくる雛先輩を、すれ違う人が見ている。主に男が。

 おっとり系の美人で、雛先輩も着物を着ていて、髪もセットされているから美しさが数段増している。

 今の雛先輩をスルー出来る男はそうはいないだろう。

 雛先輩が俺達の元にやってきて、先輩の息が整うのを待ち、俺達は先輩とも新年の挨拶を交わした。

「中筋君。腰、どうかしたのかしら~?」

 未だに千佳さんに平手打ちされた腰が痛むので、顔をしかめて、手を腰に当てていたから、不思議に感じた雛先輩が聞いてきた。ちなみに綾奈は俺の腰を優しくさすっている。

 俺は事情を知らない雛先輩と北内さんに、もう何度目かわからない説明をした。

「じゃあ、それは名誉の負傷ってやつだね」

「まぁ、そうかな。綾奈が無傷で済んだんだ。これくらい安いもんだよ」

 日常生活に支障をきたしてないと言えばもちろん嘘になるけど、昨日の俺の咄嗟の判断がなければ、綾奈がこうなっていたかもしれないと考えるとマジで怖くなる。

 大事な婚約者を守れて本当に良かった。

「でも本当にすごいわ~中筋君。じゃあ~、そんな中筋君には~」

 健太郎の隣にいた雛先輩は、そう言うと移動を開始し、俺の斜め後ろに立った。

「私も腰をさすっちゃうわ~」

「ちょっ、雛先輩!?」

「ひ、雛さん!?」

 雛先輩の手が俺の腰に当てられ、綾奈と同様に、俺の背中を優しくさすってくれる。

 着物を着た美少女二人に腰をさすられる俺。え、どういう状況?

 俺は困惑したまま健太郎を見ると、自分のお姉さんの行動に健太郎も驚いているようだ。あ、千佳さんも少しびっくりしている。

「うふふ~」

 一方の雛先輩は、笑いながら俺の腰を撫で続けている。

「ひ、雛さん。もしかして……!」

 綾奈の手がピタッと止まったと思ったら、震える声で雛先輩の名前を呼んでいる。どうしたんだ?

 そこからは二人で何やら秘密の話をしていた。その声は小さすぎるのと周りの喧騒で何を話しているのかは聞き取れなかったが、唯一、綾奈の「むぅ」といういつもの可愛らしい不満の声ははっきりと聞こえた。

「ところで健ちゃん。もうお参りはしたのかしら~?」

「ううん。これからだよ」

「そうなのね~。じゃあ、私も一緒に行っていいかしら~?」

「僕は全然いいけど、みんなもいいかな?」

 健太郎の問に、全員が肯定した。

 北内さんも同様に聞いてきたので、これも全員が頷いたので、俺達は八人で参拝の列に並ぶこととなった。


「ひ、雛さん。もしかして……!」

 私は清水君のお姉さんの雛さんから、真人に対するただならぬ、そして見過ごせない空気を察知してしまった。

 雛さん、真人のこと、好きなんじゃ……。

 どうして? 今までそんな空気を出してなかったのに。……と言っても、まともにお話をしたのは風見高校の文化祭以来になるから、そこまで話したわけではない。

 でも、文化祭の時には全然そんな素振りを見せてなかった。清水君を変えてくれた真人に感謝をしていたけど、それ以上の感情は雛さんにはなかった。

 じゃあ、それ以降に何か雛さんの考えを変える出来事があったに違いない。

 でも、どこで……?

 文化祭から二ヶ月と少し、その短期間で雛さんの心を動かしてしまう何かがあったんだろうけど……あ!

 そう言えば、期末テスト期間中、真人は一度だけ雛さんに勉強を教えてもらったって言ってたっけ。

 普通に考えて、そこしかないと思うけど、それだけで雛さんが真人を好きになったりするのかな?

 私は真人の、旦那様の性格を考える。

 真人は本当にまっすぐで誠実な人。あの日、私の家の前に来た時は、空はすっかり暗くなっていた。

 確かあの日は、最終下校時刻まで雛さんに勉強を教えてもらったって言ってたっけ。

 真人は女の人を一人で夜道を歩かせたりしないと思う。

 だとしたら、真人は雛さんを家まで送っていったと考えるのが正解なはず。

 雛さんはその容姿や性格から、きっとかなり男性に人気のある人だと思う。当然、雛さんを狙っている人は大勢いるんだろうな。

 その中には、か、身体目当てで雛さんに言い寄ってくる人もいるかもしれない。

 だけど真人は、もちろん身体目当てで言ったわけではなく、百パーセント善意で、純粋な気持ちで雛さんを家まで送って行くことを伝えたはず。

 多分、その時雛さんに心境の変化があったんだ。

「し~」

 そこまで考えると、雛さんが自分の人差し指を口元に持っていった。

 それから雛さんは、私に近づき小声で話し始めた。

「確かに中筋君を少しだけ好きになっちゃったけど、西蓮寺さんから奪おうなんてこれっぽっちも考えてないわ。だからそんなに警戒しないで」

「……本当ですか?」

「本当よ~。結婚の約束をしている二人の間に割って入ろうなんて考えは持ってないわ~。断られるのはわかりきっているし、健ちゃんにも怒られちゃうからね~」

「わ、わかりました」

 どうやら嘘を言っているわけではないとわかったので、私は頷いた。でも……。

「むぅ」

 頭ではわかっていても、心はまだモヤモヤしていた。う~。

 でも、ポジティブに考えよう。

 雛さんほどのすごい美人が真人に惚れちゃったけど、その真人は私一筋の人。

 自分でそう考えると、嬉しくなってつい顔が緩んじゃいそうなるけど、必死にそれを抑える。

 この後、境内でお参りをする時に神様へのお願いを色々考えていたけど、もう一つ追加しないといけない。

 さすがに欲張りだとは思うけど、お願いを聞いてもらおう。

 もちろん、神様に頼りっきりにはしないよ。私だって、真人は絶対に誰にも渡さないもん!

 こうして、雛さんと香織ちゃんを加えた私たち八人は、揃って参拝の列に並んだ。

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