第245話 綾奈の晴れ着姿

 綾奈の部屋の前まで来た。

 この扉の向こうに綾奈が……着物姿の綾奈がいるんだよな。

 俺は生唾を飲み込む。

 ヤバい。なんか妙に緊張してきた。

 今までもこの部屋に入ったことは何回かある。その時も緊張はしたけれど、綾奈と二人っきりでいられるといったワクワク感もあった。

 でも、今回は緊張しかない。

 ここでこうして突っ立っていても何も変わらないので、俺は意を決して綾奈の部屋のドアをノックした。ノックした時に手が震えた。

「……は、はい!」

 扉の向こうから綾奈の声が聞こえた。聞こえたんだがその声は上擦っていた。綾奈も、緊張しているということなんだろうか?

「綾奈。俺だ、真人だ」

 俺の声も上擦りそうになったけど、なんとか堪える。

「ま、真人」

「入って、いい?」

「ど、……どうぞ」

「お、お邪魔します」

 俺はゆっくりとドアノブに手をかけ、ドアを開けた。

「…………っ」

 そして、目の前に映った綾奈を見て、俺は息をするのも忘れるほど見入ってしまった。

 綾奈はピンク色の着物を着ていて、その着物には様々な美しい花の模様が描かれている。

 ネイビーブルーの帯は、可愛くなりがちな着物にクールな印象を持たせたいいアクセントになっている。

 ヘアアレンジもされているみたいで、肩にかかりそうなボブヘアではない。麻里姉ぇみたいに後ろでおだんごにしているみたいだ。

 そして顔はしっかりとメイクがされており、あどけなさは影を潜め、とても美しい。

「あの……真人」

「……えっ!?」

 綾奈が俺の名を呼んだことで我に返った。顔が熱く、心臓がものすごくバクバクしている。腰の痛みすら忘れていた。

「ど、どうかな? ……私の、着物姿」

 そうだ。呑気に見惚れている場合じゃない。感想を言わないと。

「うん。……すごく、綺麗で、見惚れていた」

 だが、俺の口から出てきたのはそんなチープな言葉だった。今ほど自分の語彙力のなさを呪ったことはない。

「ほ、本当?」

 綾奈の鮮やかな赤に染まった唇が動く度にドキドキさせられる。

「本当だよ。その……綺麗すぎて、直視出来ないくらいだ」

 素の素材の良さもあるんだろうけど、着物とメイクでここまで普段と違う感じになるとは正直思ってなかった。照れてしまって直視が出来ない。顔の熱と心臓の鼓動の速さがさらに上がる。

「嬉しい。……真人」

 綾奈は微笑み、ゆっくりと俺の元へ近づいてきて、そばまで来ると、自分の右の手のひらで俺の左頬に優しく触れた。

「もっと……私を見て」

「う……うん」

 あまりの美しさに魅了されてしまって、俺は消え入りそうな声で返事をした。

 ここで俺はまた唾を飲み込む。緊張で喉がカラカラになっており、飲み込む唾もないのに。

「真人の顔、すっごく赤くて、熱い」

「そりゃあ、今の綾奈を見て、そうならない奴なんていないよ」

 多分、同性であっても、今の綾奈の美しさを見たら頬は紅潮すると思う。

「ありがとう。本当に嬉しい。…………ねぇ、真人」

「なに?」

「……会いたかった」

「え?」

 綾奈は微笑み、頬を赤らめ、そして瞳を潤ませて言った。

 綾奈は決して冗談交じりに「会いたい」なんて言ったりしないんだけど、今回のそれは、いつも以上に気持ちがこもっているように聞こえた。

 綾奈が俺の家を出てからまだ二時間ほどしか経過していないのに……。嬉しいけど、なんでそこまで……まるで何年も会っていない恋人に会えたみたいに気持ちが込められているんだろう。

「真人、私が真人の家を出たあとにお母さんに昨日のこと、メッセージしたよね?」

「うん。したよ」

「お母さんにその画面を見せてもらって、【私を怒らないで】ってメッセージを見たら、真人に会いたいって気持ちがすごく出てきてね。だから、真人に会えてとっても嬉しいの」

「そっか」

 俺は綾奈の頭に手を置く。

 綾奈は昨日、十分すぎるくらい自分を責めて、ものすごく反省もしていたから……綾奈が悪いと微塵も思っていない俺は、そんな綾奈が怒られるのを見るのを……いや、想像するのだって嫌だったから、だから明奈さんにあのメッセージを送ったんだ。

 それがまさか、ここまで俺に会いたいと思わせてしまうとは予想してなかった。

 俺は綾奈の頭に置いていた手を、綾奈の髪のセットが崩れないよういつも以上に優しく撫でる。

 綾奈はにっこりと微笑み、それを見た俺の心臓はまたバクバクと忙しくし始めた。

「真人。あ、あのね」

 綾奈はなにか言いたそうにモジモジしている。

「どうしたの? 綾奈」

「き、今日はね、その、出来るだけ、真人のそばにいたい」

「え?」

 この冬休み、けっこう綾奈と一緒にいるよな、ってツッコミを口に出さなかったのは偉いと思う。

 でも、今日はそれを言うくらい綾奈は俺と一緒にいたいと思ってくれてるのか。

「変だよね? 冬休みが始まって、いつも一緒にいるのにこんなこと言うなんて。でも、今日は本当に、出来るだけそばにいたい。真人から離れたくないの」

 綾奈の本気が伝わってくる。綾奈の愛情も同時に伝わってくる。

 俺の返答はもう決まっている。

「変じゃないよ。今日はいつも以上に一緒にいよう」

「っ! うん!」

 綾奈は満面の笑みを見せてくれた。

「あ、でも」

「え?」

「お風呂の時はどうする?」

 冗談で言ったけど、さすがにそこは別々だろう。俺の腰を理由に入れないことはないだろうけど、さすがに二日連続で入るのは俺の理性がもたない。

「お風呂、一緒に入る?」

 だが、綾奈は今日も一緒に入りたいようだ。水着、あるかな?

「俺の両親と相談ということで」

「わかった。帰ったら良子さん達に聞いてみる」

 綾奈の目がキラキラしている。

 綾奈と一緒に入りたくないわけではないけど、今回は両親が止めてくれることを期待する俺だった。

 それから俺たちはリビングに降り、みんなに綾奈の着物姿をお披露目したのだが、弘樹さんも麻里姉ぇも翔太さんも大絶賛だった。

 それから綾奈の指輪を見た松木夫妻はそれについても褒めてくれた。低評価を食らわずにすんで安心した。

 和やかなムードのまま雑談を終え、明奈さんが俺と綾奈のツーショット写真を撮ってくれたあと、俺たち六人は揃って初詣へと出発した。

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