第244話 着付け完了のお知らせ
もうすぐ綾奈の晴れ着姿を見ることが出来る高揚感をなんとか押さえつけ、ゆっくりとリビングの扉を開けると、ソファに綾奈のお父さん、西蓮寺弘樹さんが座っていた。
「やぁ真人君。あけましておめでとう」
「お、お邪魔します弘樹さん! あけましておめでとうございます……痛っ」
やはり弘樹さんが相手だと無意識に畏まってしまい、腰を折ったのだがそれがいけなかった。
「ん? どうした真人君」
「もしかして、腰を痛めてるのかい?」
二人には聞こえないように小さく言ったつもりだったけど、やっぱり動作でわかってしまうよな。
腰の件は、明奈さんにはメッセージで伝えたけど、どうやら明奈さんは弘樹さんには伝えていないみたいだ。
「そうですね。昨日、ちょっと……あはは」
俺は、理由を笑って誤魔化し、腰を痛めたということだけを伝えた。
「そうか。なら立っているのは辛いだろ?早くソファに座った方がいい」
理由を聞いてくることはなさそうなので、俺はここで胸をなで下ろした。
もし、本当のことを話さないといけなくなったら、綾奈が怒られてしまうかもしれない。俺はそんな場面を見たくない。
メッセージを送った明奈さんは、もう俺の腰の話はしたかな?大丈夫だと思うけど、明奈さん、怒ってないといいな。
「失礼します」
俺は一言告げて、弘樹さんから少し離れてソファに腰掛けた。
それとほぼ同時に、キッチンから麻里姉ぇが戻ってきた。その手にはカップを持っていた。
「はい真人。カフェラテだけど良かった?」
「大丈夫。ありがとう麻里姉ぇ」
俺は麻里姉ぇにお礼を言うと、麻里姉ぇはにこっと微笑んで俺の近くに座った。そして翔太さんも麻里姉ぇの隣に腰を下ろした。
「麻里奈は真人君とずいぶん仲が良いな」
「そりゃあ、大事な
二人の短いやり取りに照れてしまう。
「仲良くしていただいて本当、嬉しいです。……あの、弘樹さん」
やっぱりあのことについてはきちんと俺の口から言わなければと思い、俺は真面目な顔で弘樹さんの名を呼んだ。
「ん?」
「その、綾奈に指輪を贈った件、ご報告が遅くなってしまって……すみません」
弘樹さんに会うのは期末試験明けの綾奈とのデートで、ここで晩ご飯をご馳走になって以来だ。
だから弘樹さんが、クリスマスイブのデートから帰ってきた綾奈の左手の薬指にはめていた指輪を見てどんなリアクションをしたのかは知らない。こうして普通に俺を家に招き入れたってことは、少なくとも悪い印象を与えていないと思うのだが……。
「確かに、あの指輪を見た時は驚いたよ。高校一年でまだ早いんじゃないか、ともね。でも、前にここで四人で夕食を食べた時、綾奈と真人君の仲睦まじいやり取りを思い出して、反対するものではないとも思った。何よりこれほどまで娘のことを考えてくれる君なら安心だと思ったんだよ」
「弘樹さん……」
正直怒られるんじゃないかって可能性も捨てきれなかったから、弘樹さんの言葉には驚かされた。
「だから、これからも綾奈と仲良くしてやってほしい」
「もちろんです。むしろ俺の方からお願いしたいくらいです」
俺の言葉に弘樹さんが口角を上げた。
最初はピリピリした空気が流れるのではないかと思っていたから、この和やかなムードは本当にありがたい。
「僕はまだその指輪を見てないから、真人君がどんな物をプレゼントしたのか早く見てみたいよ」
翔太さんが言った。イケメンでファッションやアクセサリーのセンスもありそうな翔太さんのお眼鏡にかなうといいけど。
「私もまだ見てないわ。綾奈はまだ着替えてると思うし、ちょっと見てこようかしら」
そう言って麻里姉ぇがソファから立ち上がるのとほぼ同時に、リビングのドアが開いて明奈さんが入ってきた。
「いらっしゃい真人君。あけましておめでとう」
「おはようございます明奈さん。あけましておめでとうございます」
それから俺と明奈さんは、新年の挨拶を交わした。
「真人君、腰は大丈夫かしら?」
「まぁ、そこまで大した痛みではないので……」
「なんだ、母さんは真人君の腰のことは知ってたのか?」
「ええ。綾奈から聞いたから」
本当は俺からのメッセージで知ったのだけど、ここでそれを言わなかったのは、多分弘樹さんが色々と聞いてくると思ったからだろう。
「それはそうと、綾奈の着付け、終わったわよ」
「本当ですか!?」
俺は明奈さんの後ろを見るが、綾奈の姿はどこにも見えない。俺たちからは見えないところで待機してるのか?
「ふふ。綾奈は今、自分の部屋にいるわ」
俺が綾奈を探しているのがバレバレだったらしく、明奈さんは優しく笑いながら言った。
「ちょうど良かったわね。真人、早速見にいきましょ?」
「あら、麻里奈はダメよ」
明奈さんは何故か麻里姉ぇだけを止めた。なんで俺は良くて麻里姉ぇはダメなんだろう?
「え? なんで?」
やっぱり麻里姉ぇも同じことを思ったみたいだ。
「それがね、ふふ」
明奈さんは、何故か俺を見て微笑んでいる。どうしてそんなに温かい目で見てくるのだろうと思ったけど、その理由はすぐにわかることとなる。
「綾奈ったら、最初はどうしても真人君に見てもらうって聞かないのよ」
「え…………っ!」
明奈さんの言葉を遅れて理解した俺の顔は一気に熱くなった。
綾奈もおそらく滅多に着たことがない着物。それを俺に最初に見てもらいたい……特別な衣装を、特別な相手に見てもらいたいってことだろう?
綾奈にそう思っているってのは、頭ではわかっていたけど、いざこうして明奈さん伝いで聞かされると、その、やっぱりドキッとするわけで、……あぁ、もう……何が言いたいかわからなくなってきた。
とにかく、すごくドキドキして、気持ちが高揚して、照れてしまう。
照れてしまった俺は、今回は顔を左に逸らし、右の手の甲で口元を隠す。
「うふふ。だから真人君。悪いけど綾奈の部屋に行ってくれないかしら?」
「わ、わかりました」
俺はカフェラテを飲み干し、麻里姉ぇにお礼を言ったあと、ゆっくりとソファから立ち上がり、それからゆっくりと階段を上がって綾奈の部屋に向かった。
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