第242話 母は知っていた
「ところで、今日はどうして真人君と一緒に帰ってこなかったの? 私もお父さんも、てっきり真人君が綾奈をここまで送ってきてくれると思ってたのだけど……」
お母さんが、出来れば聞いてほしくないことを聞いてきた。やっぱり、気になっちゃうよね。
お父さんも玄関で言ってたし、二人とも真人の性格を理解してるから、私が真人のご両親に連れられて帰ってきたのは不思議に思ったみたいだ。
「……うん。ちょっと色々あって」
正直、本当の話をするのは気が重い。でも、真人は後からここに来るから、どちらにしても昨日何があったのかはバレてしまう。
「真人君と喧嘩でもした?」
「してないよ! 真人とは本当に仲良くやれてると思う」
昨日の一件は喧嘩に発展してもおかしくはなかった。いや、私が原因だから喧嘩ではなく、真人に非難されてもおかしくない程のことをやってしまった。
でも、真人はそんな私を咎めるでもなく、私と美奈ちゃんが傷つかないようフォローまでしてくれた。
そんな真人の優しさに、私は真人をますます好きになった。
「怒らないから、何があったのか話してみて」
お母さんの諭すような声音に、私は全てを打ち明けることにした。
「うん。……実はね───」
私は昨日の夜に起こった出来事をお母さんに全て話した。
私が喋っている間、お母さんは着付けをしている手を止め、とくに何かを聞いてきたりするわけでもなく、ただ相槌を打って私の話を聞いてくれた。
「そう。……そんなことがあったのね」
「……うん」
気まずい沈黙がながれる。
「綾奈は真人君の腰が治るまでは、ちゃんと彼のサポートをしてあげるのよ」
「……へっ!? あ、あの……お母さん?」
お母さんの予想外のリアクションに私は驚いてしまう。
お母さんのリアクションがなんだか薄い気がする。いつもならもう少し慌てた感じで真人の容態を聞いたり、私を少し叱ったり注意したりするのに。
「あら、どうしたの綾奈?」
「そ、その……叱らないの?」
「叱ってほしいの?」
「そういうわけじゃ……でも、旦那様にも、そのご両親にも迷惑をかけてしまったのは事実だから。……叱られて当然のことをしちゃったって自覚もあるから」
困惑と、やっぱり叱られると思った私の声は、徐々に小さくなっていった。
「綾奈は十分反省してるみたいだから、これ以上私から何かを言ったりはしないわ。……それに」
お母さんはそう言うと、ロングスカートのポケットからスマホを取り出し、操作を始めたと思ったら、ある画面を私に見せて言った。
「え? これ……」
「こんなこと真人君に言われたら、私も叱れないわ」
お母さんが見せてくれたのは、真人とやり取りしたメッセージ画面だった。
そこには真人が私を送って行けなくなった理由、つまり私がさっきお母さんに言った内容ほぼそのままを真人がお母さんに送っていた。
ただ私が言ったのと違うのは、真人が私とイチャつきたかったから私は何も悪くない、私が色々サポートをしてくれてとても感謝してるといった文章が綴られていた。そして最後に真人が送ったメッセージは……。
【どうか綾奈を叱らないであげて下さい】だった。
「まさ、と……ぐすっ」
真人とお母さんのメッセージのやり取りを見終わった私の目には涙が溢れていた。
まさか、真人がお母さんにこんなメッセージを送っていたなんて全然知らなかった。
私は真人にも、真人のご両親にも、それに今、お母さんにだって怒られても文句は言えない立場なのに、私が真人のサポートをするのは当然で、それを感謝されるなんて思ってなかったのに……。
どうして……どうして真人はこんなにも優しいの?
「ふえぇ……」
私の目から一筋の涙が頬を伝う。
「本当、すごいわよね真人君」
「ぐす……へ?」
お母さんからの突然の真人への賛辞に、私は驚いてしまう。
「だって、普通この状況で綾奈をかばう真似なんてそうそう出来るものじゃないわよ。真人君がどれだけ綾奈を大切に思ってくれているのか、このメッセージからも伝わってきたわ」
「……うん」
「真人君のこと、絶対に離しちゃダメよ。離したら私も怒るからね」
「絶対、離さないから……ふえぇ」
私は真人を絶対に離さない。決して誰にも渡したりなんかしない。真人は、私の旦那様だから。
「真人に会いたい」
真人と離れている時間は、私が自宅に戻って着付けている間のたった数時間だけ。それなのに、今すぐ真人に会いたくてしかたがない。
腰を痛めてて、ここに来るだけでも大変なのに、それなのに私は真人に早く来てほしいと思ってしまう。
真人の優しさ、そして愛を、こんな形で見ちゃったら我慢できそうにない。
「あらあら。じゃあお化粧は後にする?」
お母さんは私の言葉の意味を理解した……いや、してしまったようだ。
私はそれに、首を横に振ることで否定した。
「あら、いいの?」
「うん。初詣が終わって、向こうに帰るまで我慢する」
そうしないと止め時がわからなくなって、結局遅刻しそうになってしまいそうだから。
真人にも、ちぃちゃん達にも迷惑はかけたくないので我慢することに決めた。
「じゃあこのままお化粧もしちゃうわね」
「うん。お願い」
それからも、私はお母さんと他愛もない雑談をしながら着付けを、そしてメイクを施してもらった。
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