第236話 真人のお願い

「綾奈」

「ど、どうしたの真人?」

 未だに俺の唇をチラチラと見ていた綾奈は、俺に呼ばれて少し慌てたように返事をする。理由がわかっているだけに余計に愛おしく思う。

「キスしたい」

 俺は、自分が思っていること、そして綾奈も思っているであろうことを言った。

 俺だって、綾奈とキスしたいと心の中でめっちゃ思っていた。

 ついさっきまで、一部とはいえ綾奈と密着していたんだ。綾奈ともっとスキンシップしたいと思うのは当然のことだ。

「……へ?」

 俺が何を言ったのかを遅れて理解した綾奈は、なんとも素っ頓狂で可愛らしい声を上げた。頬は真っ赤に染まっている。

「綾奈とキスがしたい」

 俺はもう一度、綾奈の目を見てはっきりと言った。

「で、でも……」

「綾奈、言ったよね?「私に出来ることならなんでもするから」って」

 多少ズルい言い方になってしまったが、これなら俺自信が綾奈とキスをしたいと思わせることが、そして綾奈が遠慮することなく、俺のお願いを叶えるという大義名分でキスが出来る。

「う、うん。言ったけど、どうやってするの?」

「起き上がれないわけじゃないけど、それだと綾奈に心配をかけてしまうから……こうする」

 俺身体をうつ伏せのまま、枕ごと綾奈の方へと近づけ、肩をベッドの端ギリギリまで持っていく。

 枕は低反発素材なので、いい感じに顔が沈むので、これなら綾奈も無理な体勢を取らなくてもいいし、キスしやすいだろう。

 少しだけ腰が痛んだが、なんとか顔に出さなかった。

「これならキスが出来るだろ?」

「う、うん……」

 綾奈はモジモジしている。頬は依然として赤い。

「別に無理して俺に合わせようとしなくてもいいよ。嫌なら嫌って言ってくれれ……」

「い、嫌じゃない!」

 綾奈は自分の顔を俺に近づけてきた。

 綾奈特有の香りに、シャンプーの香りがプラスされたとてもいい匂いが俺の鼻腔を刺激する。思いっきり吸い込みたいが、この至近距離でそれをしてしまえば綾奈はビックリするだろうし、最悪引かれるかもしれない。そもそもムードがぶち壊しになる。

 少しイジワルな言い方になってしまったが、こう言うと綾奈は断ることをしなくなるのがわかっていたので、多少の申し訳なさはあるが言った。急に顔を近づけるのは予想外だったので、俺も顔が熱くなったし、心臓もすごくドキドキしている。

 お風呂上がりの綾奈から、うちのとは違うシャンプーのいい香りがしている。どうやら自分で持ってきたシャンプーを使ったみたいだ。

 こんなに可愛く、風呂上がりでいい匂いをさせている婚約者と焦点を合わせられないほどの至近距離で見つめあって、俺はもう我慢が出来なくなっていた。

「……いい?」

 俺の問いに、綾奈はゆっくりと首を縦に振ったので、俺はゆっくりと綾奈との距離を無くし、自分の唇を綾奈の唇に押し当てた。

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