第235話 見たい真人と、見てしまう綾奈

 マッサージが終わり、綾奈はマッサージをする前と同じ位置に座り、俺の手を握ってくれた。

「そういえば綾奈、明日のことって聞いた?」

「明日のこと?」

 綾奈は俺の言葉をそのまま繰り返し、首をこてんと傾げた。

「うん。父さんと母さんが明日の朝、綾奈を家まで送るって話」

 綾奈が風呂から上がって俺の部屋に直行したなら聞いてないと思い、俺は確認の為に綾奈に聞いた。

「お風呂から上がった時に良子さんから聞いたよ」

 どうやら母さんが伝えてくれたみたいだ。

「だから俺は後から綾奈の家に行くよ」

 ここで俺が送って行けないことを伝えると、綾奈はまた俺の腰のことに対して責任を感じてしまい謝ってきそうだったので、その部分を省いて、後から綾奈の家に向かうことだけを伝えた。

「一人で大丈夫?」

 やはりと言うべきか、綾奈は俺の心配をしてきた。

 そりゃそうか。腰を痛めてからあまり一人では歩いてないもんな。

 階段は壁に手を付きながらだし、風呂に行く時も綾奈の肩を貸してもらって移動したし、この部屋に戻る時も美奈にサポートしてもらったもんな。

 軽度だけど、そんな姿を見せてしまったら、綾奈の性格上、心配するなというのが無理な話だ。

「歩く時に姿勢を意識してたら大して痛みも来ないはずだから大丈夫だって」

 歩いている時に変な姿勢で歩いたり、早く歩いたりしなければ大丈夫だろう。

「その、大事をとって初詣に行かないっていうの……」

「いや、ないだろ」

「でも……」

「あいつらも来るのに、俺だけ行かないってのもね。それに……」

「それに?」

「綾奈の晴れ着をどうしても見たいから」

 さっき母さんにも言ったけど、やっぱり可愛い婚約者の晴れ着姿は是非とも見たい。

「それならお母さんに写真撮ってもらうから……」

「リアルで見たい」

「あぅ……」

 それが明日の初詣の目的の八割くらいを占めている。写真ももちろん撮るつもりだし、もし撮れなかったとしても、明奈さんに頼んで写真を送ってもらうつもりだ。

「それに、綾奈のボディーガードは俺なんだから。明日は神社に人がいっぱい来るだろうし、もし綾奈がナンパされたらそれを守るのは俺の役目だから」

 綾奈の婚約者も、ボディーガードも俺なんだ。たとえ腰を痛めていて役に立たないとしても、その役目は絶対に譲りたくない。

「真人……」

「だから、ゆっくりペースになってしまうと思うけど……初詣、一緒に行こう」

 俺は綾奈に笑いかけ、そして綾奈の手を握っている方の自分の手に少しだけ力を入れた。

「うん……。でも、無理だけはしないでね」

 綾奈は眉を少し下げ、そして微笑んで言った。

「わかってるよ」

 まぁ、明日は多少無理はすると思うけどね。

 それを言うと、せっかく納得してくれた綾奈がまた意見を変えそうだったから黙っておいた。

 会話が一区切りし、明日の綾奈の晴れ着はどんなのだろうと考えていると、綾奈はまた左の方をチラチラと見るようになった。

 いや、会話中にも少しだけチラ見していたんだけど、ここまで見られるとやっぱりどこを見ているのかわかるわけで。

 ……やっぱり、俺の唇を見てるよな。

 綾奈を観察していると、俺の目と唇を交互に見て、時折「うぅ~」と目を瞑りながら唸っている。

 綾奈、俺とキスしたいんだろうか?

 まぁ、お泊まりが始まって毎日キスをしているから、今日もしたいのはわかる。

 でも、なんでそれを言い出さないんだ?遠慮することなんてな……もしかして。

 ここで俺は、あるひとつの考えが思い浮かぶ。

 ひょっとして、綾奈はキスがしたいけど俺の腰をおもんばかって言い出せずにいるのではないのだろうか。

 俺が起き上がろうとしたら、絶対に腰に痛みがいく。

 腰は痛くないふりを装うのも難しいし、どうしても起き上がる時はいつもよりゆっくりになってしまう。

 俺に痛い思いをさせたくないから、だから綾奈は自分からキスがしたいと言い出せなくて、綾奈の中で理性と感情がせめぎ合っているんだ。

 気にすることなんてないのに、とは言いにくいな。

 だって、逆の立場なら俺も言えないだろうから。

 だから、ここで俺がとる選択は一つだ。

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