第233話 チラチラと見ているのは
俺は今、ベッドでうつ伏せの状態で横になっている。
掛け布団は美奈がしっかり掛けてくれたので温かい。
腰に貼っている湿布がひんやりとしている。
しかし、うつ伏せは失敗したかもしれない。どう体勢を変えようとしても腰が痛くなる。
これだとまだ仰向けがよかったかもしれない。仰向けになったとしても痛いかもしれないけど、それでもまだ寝返りを打ちやすかったはずだ。
まぁ、なってしまったものは仕方ないし、幸い痛みはそこまでじゃないので、それを我慢して体勢を変えるしかない。
コンコンコン!
俺が覚悟を決めるとほぼ同時に、ドアがノックされた。どうやら綾奈がお風呂から上がったようだ。
それにしても、今日は随分と長湯だったな。
「どうぞ~」
「お邪魔します」
俺が入室を促すと、ゆっくりとドアを開けて綾奈が入ってきた。
今日の綾奈は、お泊まり初日に見せてくれた、ピンク色で猫のシルエットがプリントされたパジャマを着ていた。
お泊まり二日目以降はずっとショートパンツを穿いてくれていたから、連日のショートパンツ記録がストップしてしまった残念感は少しだけあるものの、久しぶりに綾奈のパジャマ姿を見ることが出来て嬉しくも思う。
何が言いたいのかというと、綾奈は何を着ても可愛いということだ。
パジャマ姿の綾奈は、ゆっくりと俺に近づき腰を下ろした。
俺はそのタイミングで、布団の中から手を出した。
暖房をつけているとはいえ、ずっと布団をかぶっていたから、手を出すとやっぱり冷たく感じる。
その手を綾奈の近くで握ったり開いたりを二、三度繰り返していると、綾奈はその意図に気づいたのか、俺の手を優しく握ってくれた。
やはりお風呂上がりということもあり、綾奈の手は温かかった。
手を繋いでくれた嬉しさから、俺は綾奈に笑いかけた。
「っ!」
すると綾奈は、これまたお風呂上がりで上気させていた頬をさらに赤らめた。
「ま、真人、腰は大丈夫?」
まだ頬を上気させている綾奈は、俺を心配して声をかけてくれた。
「今は大丈夫だよ。ありがとう綾奈」
いつもならこの後に綾奈の頭を撫でるのだが、今はそれが無理なので笑いかけておいた。
綾奈は顔を赤らめたまま、俺と手を繋いでない方の手をゆっくりと俺の髪に伸ばしてきた。
「……髪、乾いてるね」
優しく俺の髪に触れて呟く。
「あーうん。美奈が髪を乾かしてくれたんだ」
実は十分くらい前まで美奈がこの部屋にいた。
美奈と喋りながら綾奈が来るのを待っていたんだけど、一向に風呂から出てこないので、今日は代わりに私がやると美奈が言い出したのでお願いすることにした。風呂から出て時間が経っていたのと、暖房をつけていたのもあり、俺の髪は半分以上乾いていたのだが、それでも美奈はドライヤーで丁寧に乾かしてくれた。
「ごめんね真人。私がやるって言ったのに……」
「謝るようなことじゃないよ。長風呂は誰にだってあると思うし、綾奈は女の子なんだから、男の俺より風呂が長くなるのは当然だから」
多分俺のことを色々考えていたから、いつもより長風呂になってしまったのではないかと思う。いや、流石に自意識過剰か。
「うん……何かしてほしいことがあったら遠慮なく言ってね。私に出来ることならなんでもするからね!」
綾奈のその気持ちは非常に嬉しいんだけど、やっぱり責任を感じているように見えてしまう。
これを言ってしまうと、綾奈はまた悲しい表情になってしまうだろうから、俺の心の中だけに留めておく。
「こうやって手を握ってくれてるだけですごく嬉しいよ」
その代わり、もう一つの本音を綾奈に言った。
「真人……」
俺たちはそうして見つめ合った。
だけど、俺はまっすぐ綾奈の目を見ているのに、綾奈はチラチラと俺の目から視線を左へ外している。
思いっきり左へ視線を外しているわけではなく、本当に少しだけ、だけど何度もそちらを見ている。
一体そこに何があるんだろうと考える。
俺の後ろに何かあるのかもしれないが、振り向くと確実に腰にダメージが入るのでダメだ。
でも、綾奈は別に俺の後ろにあるものを見るためにチラチラとそっちを見ているわけではなさそうだ。
となると、俺の顔のパーツの一部分を見ているのか?
俺は今、ベッドにうつ伏せの状態で寝ているから、綾奈から見て左には、俺の鼻か唇しかない……わけ、で……。
……え? もしかして綾奈、俺の……。
俺がそう思いかけた瞬間、綾奈は「はっ!」と、我に返ったような声と顔をし、それから頭をブンブンと振った。まるで、今しがたまで頭の中を支配していた思考を無理やり追い払うように。
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