第232話 元日について、母と打ち合わせ

 脱衣場で腰の痛みと戦いながら、バスタオルで身体を拭き、スウェットを着てリビングに行くと、テーブルに湿布が置かれていた。

湿布それ貼って、安静にしてなさい」

 この湿布はどうやら母さんが用意してくれた物のようだ。

「ありがとう母さん」

「いいわよ。それより貼ってあげるから、患部を出してちょうだい」

 俺は椅子に座って服をまくって腰を出すと、母さんが湿布を貼ってくれた。

 途中、痛いところを指で押さえて確認されて、母さんの冷たい指が腰に触れる度にビクッとしてしまった。

 湿布を貼ってもらっている最中、二階から美奈が降りてきた。まだ風呂に入っていないから部屋着のままだ。

「お兄ちゃんお風呂上がった?」

「見ての通りだよ」

「もう部屋行く?」

「そうだな。ここにいても特にやる事ないし」

 テレビには、年末恒例の歌合戦が映されていた。

 年越しそばを食べている間に、綾奈の好きな女性アイドルグループの歌唱は終わったので、あとは見ても見なくても一緒だ。

 なら、部屋に戻って安静にしているのが一番だ。

「そうだ真人。あんた明日の初詣はどうするのかしら?」

「もちろん行くよ」

 椅子から立とうとした時、母さんが明日の初詣のことを聞いてきたので俺は即答した。

 軽度とはいえ腰痛めてるし、神社まで距離があるからその分負担も大きいけど、だからと言って初詣に行かないという選択肢は初めから俺の中にはなかった。

「大丈夫なの?」

「大丈夫だって。みんなも来るし、俺だけ行かないのも嫌だから。それに綾奈の晴れ着姿を見ないとかありえないだろ」

「それが本音ね」

「当たり前じゃん」

 母さんに本音をあっさり見抜かれてしまったけど、それが明日の一番の目的と言っても過言ではなかったので、開き直って即答した。

「お義姉ちゃん、晴れ着着るの!?」

 美奈はびっくりしている。

 そう言えば綾奈の家の前で明奈さんと晴れ着の話をした時、美奈と母さんは既に車に乗っていたから知らないんだよな。

「うん。そう言ってたぞ」

「私も見たい!」

 綾奈が大好きな美奈も、まだ見ぬ綾奈の晴れ着姿はやはり興味津々のようだ。

「お前も初詣行くんだろ?」

「うん。マコちゃんと行く予定だよ」

「なら現地で合流するようにしとけば確実に見れるだろ」

「そっか。お義姉ちゃんの晴れ着、楽しみだなぁ」

 美奈は、明日綾奈がどんな晴れ着を着てくるのか想像を膨らませているようだ。俺もこのお泊まりが始まってから何十回もした。

「晴れ着を着るとなったら、綾奈ちゃんは一度家に帰るのね?」

「うん」

 母さんが言ったので、俺はそれに頷いた。

 さすがに着物は持ってこれないし、綾奈も着方がわからないと思うから、一度実家に帰って着る手筈となっている。

「なら明日、私とお父さんで綾奈ちゃんを家まで送って行くわ」

「え?」

 明日は俺が送り迎えをしようと思ってたんだけど、まさかの両親が行くことに驚いてしまう。

「あんたは腰に負担をかけてしまうから、時間をおいてゆっくり綾奈ちゃんの家に行きなさい。お父さんにはまだ言ってないけど、多分二つ返事で了承してくれるから」

 確かに腰を痛めている俺では、送っていくはずが逆に綾奈に心配されて気が気じゃなくなるはずだ。綾奈を送って一度家に帰るにしても、そのまま西連寺家に残るにしてもだ。

 西連寺家に残った場合、綾奈のご両親にも心配をかけてしまうだろうから、やっぱり俺が一緒に行かない方がいいのかもしれない。

「それに、お父さんも向こうのご両親に挨拶したいって言ってたから」

 そっか。父さんはまだ綾奈のご両親に会ったことがないんだっけ。今までタイミングが合わなかったから、明日はいい機会なのかもしれないな。

「わかった。そういうことなら母さん達にお願いするよ」

「ええ。任せなさい」

 そう言って、母さんはニカッと笑い、俺の腰をパシンと叩いた。

「痛い!」

 正直そこまで痛くなかったけど、叩かれた拍子に急に背筋を伸ばした為に少し痛みが走った。

「あ、ごめんね真人」

「いやまぁ、いいけどさ」

 俺は苦笑いをした後、美奈に肩を貸してもらってゆっくりと自分の部屋に戻った。

 ゆっくり上ればそれほど腰に負担をかけることなく行けるのだが、美奈がどうしてもと言って聞かなかったからお言葉に甘えることにした。やっぱり美奈も責任を感じてるようだ。

 こんな状況で不謹慎かもしれないが、妹の厚意がとても嬉しかった。

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