第230話 また、こうやって……

「じゃあ、背中も洗うね」

「お、お願いします」

 ボディーソープを泡立てたタオルを持ち、綾奈が言うと、ゆっくりと俺の背中にタオルが当てられた。

 付き合って長い恋人や新婚夫婦がやるような事を俺たちもやっているんだと改めて思うと、変に緊張してしまい、つい敬語で返してしまった。

 綾奈と付き合ってから、とても濃密な時間を過ごして、いろんな経験をしてきたけど、俺たちは付き合ってまだ二ヶ月と少しだ。

 シャンプーをしてもらっている時から思っていたけど、普通こういうのって一人暮らしの家でやるような事なのに、成り行きとはいえ家族がいる家の中でやっているって考えると、どうにも気恥ずかしくなってしまう。

 でも、気恥しさの中に、確かな幸福感もある。

 それと同時に、またやってほしいという気持ちも……。

「ねぇ、綾奈」

 その気持ちが抑えきれず、気づけば愛しい人の名前を呼んでいた。

「なーに?真人」

「その、あ、綾奈さえよければなんだけど」

「うん」

「……また、こうやって、頭洗ったり、背中を流したりしてほしい」

「…………え?」

 数拍遅れて綾奈が声を出した。その声音は、驚きと少しの戸惑いがあるような気がした。引かれたかな?

 やはり付き合って、結婚の約束をしているとはいえ、そう何度も一緒にお風呂に入るのは抵抗があるよな。今だって、俺の腰を心配して入ってきてくれたようなものだし。

「……いいの?」

「え?」

 だけど、綾奈から返ってきたのは、予想していない言葉だった。

「……また、真人とこうやってお風呂に入ってもいいの?」

 綾奈も、また俺と入浴するとこを望んでいる!?

「いや、俺が言った手前聞き返すのはアレなんだけど……え? マジでいいの?」

 正直、これっきりにしたいって言われるのを覚悟していた。

 後ろを振り返って綾奈の顔を見たいが、腰が痛むので無理。正面の鏡は曇っていて見れない。腰にタオルを巻いたこの状態で立ち上がり、綾奈の正面を向くのも無理。

 多分だけど、頬を赤くして微笑んでいるんだろうな。あー見たい。

「う、うん。じゃなかったらこのお泊まりで水着なんて持ってきてないよ」

「あー確かに」

「その、真人さえ良ければ、真人の腰が良くなるまで私が毎日背中流すよ」

「えっ! マジ……痛っ!」

 このサービスは今日だけかと思っていたので、驚いて綾奈を見ようとして首を回したら、その反動で腰に痛みが走った。くそ、ままならないものだ。

「だ、大丈夫真人!?」

 俺を心配して腰に優しく手を当ててくれる綾奈。綾奈の手の感触と温度が心地いい。

「だ、大丈夫大丈夫。背中洗ってくれてありがとう。後は自分で洗うからタオル貸して」

 俺は綾奈からタオルを受け取った。

「綾奈はこれからどうする?」

「ん~、私もこのままお風呂いただこうかな」

 それがいいよな。このあと一度風呂から出て再度ちゃんとした入浴をするのは手間だしめんどうだ。だったらこのついでに自分も風呂に入った方が賢いと言える。

「わかった。じゃあ、……はい」

 俺はシャワーを手に取り、綾奈に渡した。

「ありがとう真人」

 それを綾奈が受け取ったのを確認すると、ゆっくりとシャワーからお湯を出した。

 綾奈がシャワーで身体を濡らしている間に、俺は自分の身体をよく洗っていく。

 俺がシャワーで全身についたボディーソープを洗い流している間に、綾奈は湯船に浸かっていた。

 湯船に浸かる時、「はぁ~あったか~い♡」と、なんとも可愛らしい声が聞こえてきて俺はドキッとしたのと同時に、廊下とかより温度が高いとはいえ、このクソ寒い中俺の頭と背中を洗うために、けっこうな時間お湯に浸からずにやらせてしまったことに感謝と罪悪感が俺の胸中に湧いてきた。

「綾奈、本当にありがとう。それからごめんな」

「え、なんで急に謝るの?」

「だって、寒かっただろ?」

「確かに少しだけ寒かったけど全然大丈夫だよ。だから真人は気にしないで」

「ありがとう綾奈。じゃあ俺はこのまま出るから、ゆっくり温まってね」

「ぁ……」

 俺はそう告げると、ゆっくりと立ち上がり、綾奈に背中を向け、カニ歩きでそのまま脱衣場に移動した。

 浴室を出る直前、綾奈が小さく声を漏らしたけど、さすがに綾奈の入浴タイムを邪魔したくなかったので、気にしないことにした。

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