第223話 ちょっとだけでも甘えたい

 家に帰ったあと晩御飯を軽く食べて部屋でくつろいでいたら、美奈の部屋のドアが開く音が聞こえた。

 恐らく綾奈が年越しそばを作るためにリビングに降りたのだろう。

 手伝いを申し出たのだが、今回は綾奈と母さんの二人で作ると言っていたので、俺は部屋でベッドに横になりながらラノベを読み、そばが出来上がるのを今か今かと楽しみに待っていた。

 それにしても、このあったか靴下、マジで温かいな!

 生地が厚いから足先の冷えがなくて快適だ。

 これからは毎年履くようにしよう。

 数十分もすると、誰かが階段を上って来て、隣の美奈の部屋のドアをノックした。

『美奈ちゃん、お蕎麦出来たよ』

 それは綾奈の声だった。どうやら俺たちを呼ぶために二階まで来たようだ。階段の下から呼んだら良かったのにと思わないこともなかった。

 それから綾奈と美奈が何やら話をしている。小声で話しているので内容までは聞き取れない。

 少しすると、誰かが階段を下りる音が聞こえてきた。それと同時に、俺の部屋のドアがノックされた。

「どうぞ~」

 俺は読んでいたラノベに栞をはさみ本を閉じ、上体を起こしてノックした人の入室を促すと、ドアが開かれ、そこから綾奈が顔を出した。

「っ!」

 俺は綾奈の姿を見て息を飲み見惚れていた。

 綾奈は肩近くまであるボブヘアを、ゴムで後ろに束ねていたのだ。

 俺も初めて見る綾奈の髪型に新鮮さを覚え、綾奈から目が離せずにボーッとすることしか出来ないでいた。

「真人?どうしたの?」

 綾奈はボーッとしている俺を不思議に思ったのか、首を傾げて声をかけてきた。その仕草もすごくドキドキする。

「あ、あぁ、ごめん。初めて見る髪型だったから、可愛くて見惚れていた」

「ふぇ!?」

 やはりというか、俺の言葉に驚き、頬を赤くする綾奈。何度見ても可愛い。

「そ、そんなにかわいい?」

 綾奈は頬を赤くしたまま、首を横に向けて俺に短いポニーテールを見せてくれた。綾奈の右手はそのポニーテールをいじっている。

「うん。すごく可愛いよ」

「あ、ありがとう真人……えへへ♡」

 俺はもう一度素直な感想を言うと、満面の笑みを見せてくれた。

「ま、真人、お蕎麦出来たよ」

「ありがとう綾奈。じゃあ下に降りようか」

 俺はベッドから立ち上がり、綾奈と一緒に部屋を出ようと歩き出したのだが、綾奈は俺にそばの出来上がりを伝えると、俺の部屋に入ってきてそのまま部屋のドアを閉じてしまった。

 おや? 年越しそばを食べるんじゃなかったのか?

 不思議に思いながらもドアに向けて歩を進め、綾奈とすれ違ってドアノブに手をかけた時、服の袖を綾奈に掴まれた。

「綾奈?」

 俺は綾奈の名前を呼んで、自分の身体を百八十度回転させ、綾奈の正面に身体を向けると、その瞬間綾奈は俺の胸に飛び込んできた。

「ちょっ、綾奈!?」

 まさか抱きついてくるとは思わず、綾奈の行動にただ驚いていた。

「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからこのままでいさせて」

 突然のおねだりに驚きつつ嬉しさを感じている俺だけど、早く降りないとせっかく綾奈が作ってくれた年越しそばが冷めてしまう。俺にとったら特別な年越しそばだ。綾奈とイチャイチャもしたいが、出来れば熱いうちにそばを食べたい。

「そばが冷めちゃうよ?」

「うん。でも少しだけギュッてさせて」

 綾奈は自分の腕を俺の腰に回し、頬を俺の胸に擦り寄せてくる。その仕草が最高に可愛い。やはり猫を彷彿とさせる。

「もしかして、甘えたいからわざわざここまで呼びに来たの?」

 俺の問いに頬の擦り付けをやめ、ビクッと肩を震わせる綾奈。どうやら図星みたいだ。

「なんか、おそばを作っている時に、無性に真人に甘えたくなっちゃって……多分私の作ったおそばを幸せそうに食べてくれる真人を想像したからだと思う」

 俺は綾奈の作る料理はなんでも美味しく、そして幸せをかみ締めて食べるから、多分年越しそばを食べても同じような顔になるだろうな。

「甘えん坊だなぁ」

 俺は目を細めて鼻を鳴らし、綾奈の頭に自分の手を置き優しく撫でた。

「えへへ♡ もっと撫でて」

 俺に頭を撫でられるのが好きだと言っていた綾奈は、とても気持ちよさそうにしていて継続を要求してくる。

 俺ももっと撫でたいが、そろそろ下に降りないと。

「綾奈、そろそろ行こうよ」

 多分、もう少ししたら誰かが早く降りてこいと言ってきそうだ。そうなるとからかわれるのは必至なので、少しでもからかい攻撃を緩くするのなら、早く下に降りて年越しそばを食べて、お風呂上がりにまたイチャイチャしたほうが賢い選択と言える。

「むぅ……じゃあ、一回だけ、ちゅうして」

 頬の擦り付けをやめ、上目遣いでそんな事を言ってくる俺の婚約者。あまりの可愛さにドキッとし、俺は咄嗟に綾奈から目を逸らした。

 一回だけ、か。

 いや、回数に残念がっているわけではない。今の綾奈がどれくらいのキスをご所望なのかわかりかねているのだ。

 チョンと唇を一瞬触れ合わせるのか、それとも何秒か唇をくっつけるのか、はたまた毎晩のイチャイチャでしているような熱いやつを望んでいるのか……うーん、どれなんだろう。

 一番最初のでも、綾奈は照れて笑ってくれるだろうが、多分満足はしないだろう。だとすると必然的に二番目か三番目になるのだけど、それは問題がある。

 それをすると、俺も、そして綾奈もしばらく止まらなくなってしまう。

 そうなったら年越しそばのことは完全に意識外に飛ばされてしまうから、やっぱりここは軽くするのが一番だろう。

 そう思い、まさに綾奈にキスをしようと顔を近づけようとした瞬間、俺の部屋のドアがいきなり、バン! と、めちゃくちゃ勢いよく開いた。

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