第222話 真人の性分

 俺は、親に綾奈とのイチャイチャをイジられたのを想像し、恐らく赤くなっているだろう顔を隠すため、そして、ここに来て店長と話を始めた時から気になっていた物を拾うため、俺はその場にしゃがんだ。

「ちょっ、中筋君!?」

「あっ……」

 俺の行動に店長は驚き、綾奈は小さく声をもらした。

 俺が拾っているのはタバコの吸い殻だ。

 ここにある灰皿には、それほど吸い殻は溜まっていないのに、何故か地面に落ちている吸い殻がけっこうあって、俺はそれが気になっていた。

 恐らくだが、吸った後に地面に落とし、踏みつけて火を消したとか、そんな理由なんだろう。そこに灰皿があるのだから、ちゃんとそこに置いてほしい。

「中筋君、拾わなくていい! 俺がこの後ほうきではこうとしていたから……」

「まぁ、ここまで拾ったから全部やりますよ」

 店長は俺に声をかけてくれたが、一本拾ってそれだけ捨てるのなら全部拾った方がいいと思った俺は構わずに拾う。

「君ってやつは……っ!」

 店長はそれだけつぶやくと、店の中に入っていった。

「真人、私も……」

「いや、綾奈の手が汚れるからいいよ」

 綾奈の綺麗な手がこんな事で汚れるのは我慢ならない俺は、綾奈の申し出を断った。

 全部で十本程の吸い殻を手に乗せ、それを灰皿の上に置くと、そのタイミングで店長が店から出てきた。その手には何かを持っているみたいだ。

「中筋君、本当にすまない。それからありがとう。せめてこれを使ってくれ」

 そう言って俺の前に出したのは、お店で使われているビニールに入ったおしぼりだ。

「いえ、俺が勝手にやっただけですから店長は謝ることないですよ。おしぼり、ありがとうございます」

 俺は店長からおしぼりを受け取ると、ビニールを開け、おしぼりで手を拭いた。

「中筋君は、こんな事をいつもやっているのか?」

「目についたらって感じですね。なんか、見てられなくて」

「これが真人なんです。中学の時も、教室にゴミが落ちてたら迷いなく拾ってゴミ箱に入れてましたから」

 綾奈が目を細め、優しい声音で話してくれる。

「私が真人を好きになった理由の一つです。真人の何に対しても誠実なところ、本当に好き」

 綾奈が続けて言った言葉に、俺は照れてしまい顔を右に逸らし、右手の甲で口元を隠した。ちゃんと隠せているから、さっきの北内さんみたいに辛辣な言葉をもらうことはないだろう。

「なんか、わかる気がするよ。俺も見習わないとな」

 俺は苦笑して、指で頬をポリポリとかいた。そこまで大それた人間じゃないと思うんだけどな。

「中筋君、出来たらこれも使ってくれ」

 そう言って、店長は腰にぶら下げていた霧吹きを構えて、中の液体を噴射出来る体勢をとった。

「何が入ってるんですか?」

「アルコール消毒液だよ。タバコを吸った後に店内の掃除をしようと思ってたから」

 おしぼりを貰ったからそれで十分な気がするんだけどな。

「いえ、いいですよ。おしぼりでちゃんと拭きましたから」

「だけどまだ菌が残ってるかもしれないだろ? もしそうなら西蓮寺さんの手に菌を移すことになるかもしれないよ?」

「あ……」

 綾奈の手に菌が移る……そこまでは考えていなかった。

 おしぼりで拭けば手は綺麗になると思っていたけど、このおしぼりは除菌作用はないので、完璧にバイ菌を死滅させれるわけではない。綾奈の綺麗な手に俺からバイ菌を移すのは絶対に嫌だ。

「そうですよね。すみません……お願いします」

「中筋君が謝ることじゃないよ」

 俺は両手でおわんを作り、そこをめがけて店長が霧吹きでアルコール消毒液を何度か吹きかけてくれた。

 俺はそれを満遍なく手に染み込ませていく。

「ありがとうございます店長」

「お礼を言うのは俺のほうだよ。中筋君、本当にありがとう。お礼に今度遊びに来た時は特別に一回だけゲームを無料にするよ」

 店長はそう言ってくれたけど、お礼欲しさにやったわけではないのでそれは受け取れない。

「いえ、いいですよ。さっきも言いましたけど、俺が勝手にやっただけですから」

「なら、俺も勝手にやるだけだよ。これなら文句はないよね?」

 そう言われたらもう何も言い返せないな。

「わかりました。その時はお言葉に甘えますね」

「うん。待ってるよ」

 こうして次に来た時はゲームを一回無料で遊べるようになった。

「それじゃあ俺はそろそろ店に入るよ。二人はこのまま帰るんだろ?」

「そうですね。そのつもりです」

 特に寄り道する所もないし、そろそろ帰らないともうすぐ日が沈む。いろいろあってアーケードに長居しすぎたみたいだ。

「二人とも、気をつけて帰るんだよ」

「ありがとうございます。それから今年一年お世話になりました」

「また近いうちに二人で遊びに来ますね」

「あぁ、いつでも待ってるよ。それじゃあ良いお年を」

「「良いお年を」」

 俺たちは年末恒例の挨拶をして店長と別れ、帰路に着いた。

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