第220話 新たな友情

「あっ…………えへへ♡」

 俺と手を繋ぐだけで、ここまで幸せそうな笑顔を向けてくれる綾奈。これほどまでに愛してくれるのが、本当に幸せだ。

 無人島になんでも一つだけ持って行けると言われたら、俺は間違いなく綾奈を選ぶ。食材なんかは頑張れば現地で見つかると思うから腹は満たせる。だけど綾奈がいないと俺の心は絶対に満たされないから。

「……はぁ」

 北内さんからため息が漏れた。

 やばい、二人の世界に浸りすぎた。

 これがいつもの四人と一緒なら、構わずに続けているかもだが、今俺たちと一緒にいるのは北内さんだ。北内さん一人残して行くのはさすがに申し訳なかったな。

「北内さん、ごめん」

「え?何が?」

「いや、北内さんがいるのに二人の世界に入ってしまって」

「中筋君たちって、いつもそんな感じなんだね」

 北内さんが少し赤面しながら苦笑している。

「まぁ、そうだね」

 でも、なんだろ……ため息の理由とは違う気がするな。

「私がため息をついたのは、二人のイチャつきを見たからじゃなくて、西蓮寺さんになんだよ」

「わ、私に!?」

「うん……正確には、西蓮寺さんとの差に、かな」

 綾奈との差って……何に対しての?

 北内さんは、天を仰いで続けて言った。

「多分、私と西蓮寺さん……同じタイミングで中筋君のことを好きになっていたとしても、私は西蓮寺さんには勝てなかっただろうなって。中筋君の気持ちは関係なしに、これほどまでに中筋君を想っている人と戦ってたら、きっと私の心は折れていたと思うから」

 綾奈の俺に対する好きって気持ちは確かに大きい。付き合いたての頃はその大きさに驚きもしていた。

 でも、この大きな愛で包み込まれる感覚は、本当に心地よくて幸せなんだ。

 今はもう、綾奈と、綾奈の愛がないと生きていけないくらいになっている。

「確かに真人を想う気持ちは誰にだって負けないよ。でも、ちょっと前まで私の心は本当に脆かったから……北内さんがグイグイ真人にアプローチしてたら、私はそれに気圧されてたと思う」

 綾奈の言葉を聞いて、俺はクリスマスイブのデート中、観覧車内で綾奈がしてくれた話を思い出していた。

「その時の私が真人と北内さんが楽しそうに話をしているのを見たら、きっとショックを受けて、私も心を折られていたと思う」

 俺が北内さんに告白された事を綾奈に伝えたら、綾奈は俺を完全に信じきれていなかったって言って、自分を責めていた。綾奈は何も悪くないのに。

「今は、もう違うの?」

「うん。今はこれがあるから」

 綾奈は、自分の左手を目の高さまで上げて見せた。

「真人はこの指輪と一緒に、将来私と結婚してくれるって誓いも立ててくれた。だから私は、真人の私に対する言葉も、想いも、もう二度と、絶対に疑わないよ」

 俺は、もう綾奈に不安な思いをさせたくないから、ずっと綾奈と一緒にいるという思いを込めて、この指輪をプレゼントした。このプレゼントを提案してくれた一哉と健太郎には感謝しかない。

「……もし中筋君が嘘を言ったら、西蓮寺さんはそれも本当だと信じるの?」

「真人はそんな嘘は決して言わない。それは北内さんもよくわかってるんじゃないかな?」

 俺は綾奈を悲しませるような嘘は絶対につかない。綾奈が傷付いたり悲しい顔をするのも見るのは耐えられないから。

「確かにね。中筋君がそんな嘘つけるわけないよね」

「うん。真人は誰よりも誠実で真っ直ぐな人で、私の旦那様だもん」

 綾奈と北内さんは笑いあっていた。

 正直、一触即発な展開になったらどうしようという不安がなかったわけではないが、どうやら杞憂に終わったみたいだ。……綾奈の最後の一言って必要だった?

 一方の俺は、婚約者とクラスメイトの美少女二人に褒めちぎられて、照れくささから顔を逸らした。右手は綾奈と繋いでいるし、左手は缶コーヒーを持っていたから口元を隠せず、ニヤけた口をさらけ出していた。

「真人かわいい」

「にやけ顔ちょっと気持ち悪いね」

 二人の美少女から正反対の言葉が飛んできて、北内さんの発言に地味にダメージを受ける。……彼女は本当に俺のこと好きだったのか疑いたくなる。

「あ、ごめんね。つい本音が」

「辛辣すぎるだろ」

「ふふっ」

 それから少しだけ三人で笑った。

 北内さんは残っていたコーラをグイッと飲み干すと、缶をゴミ箱に捨て、綾奈を見た。

「ねぇ、西蓮寺さん」

「どうしたの?」

「よかったら、私と友達になってくれない?」

 以前は恋のライバルであった二人だけど、この数分間のやり取りは最初こそハラハラしたが、途中からははもうお互い気兼ねなくおしゃべりしていた。既に友達と言われても違和感がないが、綾奈の返答は?

「いいよ」

 笑顔で即答した。

 綾奈ならそう言うと思ってたから驚かない。俺は綾奈を見て、目を細め口角を上げた。

「いいの?」

 北内さんが驚いた表情で、再度聞いていた。まさか即答されるとは思ってなかったみたいだ。

「うん。私も北内さんとお話してて、途中から友達になりたいなって思ってたから。だから……」

 綾奈は俺の手を離し、その手を北内さんの方に出した。

「これからよろしくね。香織ちゃん」

「っ!」

 北内さんは驚いて息を飲んだが、すぐに笑顔になり、差し出された綾奈の手を握った。

「うん。こちらこそ、綾奈ちゃん!」

 こうして、別々の高校に通う二人は友達になった。

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