第212話 自己嫌悪を晴らす優しい言葉
「───ということがあったんだよ」
リビングに移動した俺は、綾奈が出ていったあとの出来事を細かく説明した。
黙って俺の説明を聞いていた綾奈は、驚いた表情をしていた。
「マコちゃん、真人の妹になったの?」
「もちろん言ってるだけだと思うけどね。まさかお兄ちゃんって呼ばれるとは思ってなかったけど」
俺は言いながら苦笑した。
そして綾奈に微笑んで、ゆっくりと綾奈の頭に自分の手を置いた。
「だから本当に茉子の頭を撫でてないよ。俺がこうやって女の子の頭を撫でるのは綾奈だけだよ」
俺に頭を撫でられている綾奈は、目に少し涙を浮かべ、それから俺の胸にトンっと額をつけてきた。その体勢になっても、俺は綾奈を撫でるのをやめない。
「……真人」
「なに? 綾奈」
「……私ってやっぱり、重いのかな?」
重いっていうのは、体重のことじゃない、よな。やっぱり。
「そうかな?」
「そうだよ。真人がマコちゃんに気がないってわかってるのに、でもやっぱり他の女の子の頭を撫でるのは嫌って思っちゃって……だから少し、自己嫌悪に陥っちゃって」
やっぱり。綾奈が俺の部屋を出ていく時に感じたことは、間違いじゃなかった。
自己嫌悪までさせちゃって、……申し訳ないな。
「それって普通じゃない?」
「えっ?」
俺の返答が予想していなかったものだったからか、綾奈は驚きの声を発し、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
俺は頭を撫でるのをやめ、代わりに綾奈の手を軽く握った。
「大好きな彼氏が自分以外の女の子の頭を撫でるのは嫌なんて、そんなの誰だって思うはずだよ。恋愛感情がないにしたって、実際に目の当たりにしたら、嫌な気分になるのは当たり前だよ」
俺はゆっくりと、優しく綾奈に言葉を届ける。
「そう、なのかな?」
「そうだよ。千佳さんや茜だって、健太郎や一哉が他の女の子の頭を撫でてたら嫌な気分になるよきっと。だから綾奈のその感情は全然重くないし、みんなが持ってる気持ちなんだから難しく考える必要なんてないんだよ。むしろその気持ちを持っててくれないと俺がへこむ。……まぁ、綾奈の言うように本当に重かったとしても、俺にはこの重さがちょうどいいんだ。だから綾奈は気にしなくていいよ」
もし俺が茉子や他の女の子の頭を撫でて、綾奈がノーリアクションや、さらに煽ってくる言動なんかされた日には三学期が終わるくらいまで引きずりへこむだろう。
それに綾奈の気持ちが重いなんて一度でも思ったことはない。俺も綾奈を愛しているから、これくらいの重さは平気へっちゃらだ。
「……本当?」
「本当だよ。俺も綾奈が他の知らない男に頭撫でられるのは見たくないし、はっきり言って嫌だから。綾奈と同じだよ」
「わ、私は真人以外の男の人にベタベタ触れさせるつもりは全然ないよ!」
「俺だったそうさ。綾奈以外の女の人に不用意に触ったりなんかしないよ。……まぁ、美奈は例外だけどね」
俺は苦笑混じりに付け加えた。さすがに美奈にまでそんな感情を抱かれてたら困ってしまう。
「美奈ちゃんには嫉妬なんかしないよ。美奈ちゃんは私にとっても大切な妹だもん」
「あはは、だよね。まぁとにかく、俺がこうやって触れるのは綾奈だけだから安心してほしい」
俺は綾奈の頬にそっと自分の手のひらを置いた。
「ありがとう真人。それからごめんね」
綾奈も俺の手を包み込むように上から触れ、目を閉じとても愛おしそうにしてくれる。
「どういたしまして」
俺としては全然謝られるとこじゃないんだけど、ここでそのまま言うと綾奈も引き下がらないから、俺は何も言わず受け取ることにした。
「元気でた?」
「うん。……あ、でも、もう少しだけ……」
そう言って、綾奈はゆっくりと目を閉じ、唇を少し突き出してきた。
仕方ないなぁと思いながらも俺の心臓は早鐘を打っていた。
俺が綾奈の両肩に優しく手を置くと、綾奈はビクッと肩を震わせる。
そしてゆっくりと顔を近づけていき───
「ただいま~……あら?」
廊下から母さんの声が聞こえてきたので、俺たちは揃って声がした方向に首を回した。
すると、母さんが驚いた表情をしていた。
しばらく固まっていた俺たちだが、キスをしようとしている瞬間を親に見られたという現実を遅れて理解し、顔が紅潮しているのがはっきりとわかる。
「いや、母さん!これは、その……」
俺は立ち上がり、母さんに説明しようとするが、テンパりすぎて上手く言葉が出て来ない。
まぁ、たとえ言葉を上手く並べたところで、キスをしようとしたという事実は変わらないんだけど。
俺たちを見ていた母さんは、微笑ましいものを見るような笑みを浮かべていた。
「お邪魔だったみたいね」
一言だけつぶやくと、母さんはにこにこしながらリビングを後にし、脱衣場へ向かって行った。そこにある洗面所で手洗いとうがいでもするんだろう。
母さんがリビングから出ていったあと、ゆっくりと綾奈を見ると、綾奈は手で顔を押さえて声にならない声を上げていた。
確かにリビングでやる行為ではなかったと心の中で反省した。
その日の夜は、お互い少し気恥しさも残りながらも、いつものように……いや、ちょっとだけ俺が積極的にイチャイチャした。
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