第211話 美奈と同じように……

「………………ほえ?」

 マコちゃんはポカンとしていて、『やっべ、盛大にスベッた』と内心で身悶えしていたのだが、俺に言われたことを理解したのか、可愛らしい声を発したと思ったら、ボッ!という効果音がつきそうなくらい一瞬で顔が赤くなり目を見開いた。

「せ、せ、先輩!?……あのっ!」

 顔の赤みが引かないまま、わたわたしているマコちゃん。何かを言おうとしているけど、テンパりすぎて言葉が上手く紡げていない。このリアクションは予想してなかった。

「俺のこと『お兄ちゃん』って呼んでくれてたし、それっぽい言葉でお祝いしてみたんだけど……どうかな?」

 これが俺の考えていたことだ。

 頭を撫でるのを拒否してしまったから、何か言葉で祝福しようと考えていて、そういえばマコちゃんは今日何度か『お兄ちゃん』って言ってきたし、それなら兄貴っぽい感じで言葉を贈ろうと考えたのだ。

 こんな声音、綾奈と二人きりの時しか使わないし、マコちゃんを呼び捨てにしたのも初めてだからめっちゃ心臓がバクバクしてる。後ろの美奈はプルプルと笑いをこらえている……気がする。

「……嬉しいです。すごく。先輩の優しい声音、すごく心地よくて……それに、呼び捨ても……」

「よかった」

 リアクション同様、予想以上に喜んで貰えたようで何よりだ。

「あの、先輩」

「どうしたの?」

 マコちゃんが意を決したような表情で俺を呼んだ。

「その、良ければですが……私のこと、みぃちゃんと同じように扱ってくれませんか!?」

「へ?」

 美奈と同じようにって、どういうことだ?

「ここ一年くらいの真人先輩とみぃちゃんのやり取りをずっと見てて、羨ましいって思ってたんです。……こんなお兄ちゃんがほしいって思ったのは最近なんですけど、私は一人っ子だから……その……」

 途中で言いたいことが上手く言えなくなったのか、マコちゃんは言葉をつまらせてしまったけど、でも、俺にはそれで十分に伝わった。

「マコちゃんは、こんな俺が兄貴でもいいの?」

「先輩でも、じゃないんです。……先輩がいいんです!」

 マコちゃんは俺の目を真っ直ぐに見つめて、力強く伝えた。

 これだけ真剣に言ってくれてるんだ。これ以上俺がアレコレ言うのは野暮だよな。

「……わかった。お前がそういうならもう何も言わないよ。こんな兄だけど、よろしくな。茉子」

「っ!……は、うん。真人お兄ちゃん!」

 一瞬、いつもみたく敬語で返そうとした茉子だけど、兄妹で敬語はやっぱり変と思ったのか、砕けた感じで言ってくれた。

 その目に涙を浮かべた満面の笑みは、とても可愛らしかった。

「あーでも、『お兄ちゃん』って呼ぶのは他に誰もいない時だけにした方がいいかもな」

 事情も知らない人の前で茉子が俺を『お兄ちゃん』って呼んでしまうと、なんか白い目で見られそうだから。

「ふふ、わかってるよ。初めからこの家か誰もいない時だけ言おうって決めてたから」

 茉子が理解ある子で助かった。

「良かったねお兄ちゃん。マコちゃんみたいな可愛い妹が出来て」

 俺たちの様子をずっと静観していた美奈が口を開いた。

 確かにその通りなんだが、わずかにだけど、その言葉の端々にトゲのような物を感じる。

 美奈を見れば、どこか少しふくれっ面になっていた。

 あの時みたいに素直になれよ。

 俺は綾奈と初めてキスをした日、綾奈と二人で美奈を迎えに行った時のことを思い出していた。

 あの時は俺と綾奈に『大好き』って言ってくれて、心底嬉しかった。

「言っとくが美奈。俺はお前のこと、大好きで大事な妹と思わなかった日なんて一日もないからな」

 俺は本心を言った。

「な、何言ってんのお兄ちゃん!?し、シスコンじゃん……ヤバっ」

 言葉とは裏腹に、頬がすごく赤くなっている美奈。照れているのが丸わかりだ。

「シスコン結構。俺はお前を本当に大事に思ってるから、シスコンと罵られようとも俺はそれを甘んじて受ける。言い換えれば、それだけ家族を大事にしている証拠になるから」

 俺は家族を決して蔑ろにはしたくない。それに俺は、そこまで美奈にベタベタしているわけじゃないから、そこまでのシスコンではないはずだしな。

「も、もう! 私もお兄ちゃん大好きだから、頼むからそれ以上言わないでよ!」

 照れが臨界点を超えたのか、この話題をさっさと終わらせたい美奈は本音を叫んだ。

「ありがとうな。美奈」

「お兄ちゃんのバカ。……ありがとう」

 小声で言ったけどしっかりと俺の耳に届いたので、俺は胸が温かくなった。

「さてと」

 美奈の本音も聞けたし、一向に部屋に戻ってこない婚約者のところに行こうと思い、俺は立ち上がった。

「じゃあ俺は綾奈のところに行ってくるから。二人はここでくつろぐなり美奈の部屋に戻るなり自由にしててくれ」

 俺は二人にそう言うと、そのまま部屋のドアに向かって歩を進めた。

 そして、俺がドアノブに手をかけた時、後ろから二人の声が聞こえた。

「「行ってらっしゃい。お兄ちゃん」」

 妹二人に見送られ、俺は二人に笑いかけ、ドアを閉めた。

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