第209話 自己嫌悪に陥る綾奈

「はぁ……」

 私はお手洗いに行ったあと、真人の部屋には戻らずにリビングに移動し、膝を抱えてソファの片隅に座っていた。

 今は真人の部屋に戻りたくない。

 私が出て行ってしばらく経過したから、もうマコちゃんの頭を撫でているのかな?

 真人の手で頭を撫でられるの、凄く気持ち良いから、きっとマコちゃんも今頃は虜になっているのかもしれない。

 何日か前に美奈ちゃんとお話している時に、『お兄ちゃんって頭撫でるの上手だよね~』って美奈ちゃんも言っていた。どうやら美奈ちゃんも撫でられたことがあるみたい。

 私は何度か、お義兄さんに頭を撫でられたことがあった。その時は確かに心地よかったけど、真人の撫で方はその比じゃないくらい心地良いし、気持ち良いし、心から安心出来る。本気で愛している人だから、私は確かにそう思った。

 マコちゃんは、今は真人をお兄ちゃんみたいに思っているっぽいけど、少し前までは真人に恋愛感情を抱いてたんだ。

 そんなマコちゃんが真人に頭を撫でられたら、きっとその心地良さに、再び真人への恋愛感情に火がついちゃうんじゃ……。

「嫌になるよ……」

 それはマコちゃんにでもなく、もちろん真人にでもない。

 私の狭量さが本当に嫌になる。

 これはゲームに勝ったマコちゃんへの単なるご褒美なんだよ。決して真人の意思でマコちゃんを撫でたりしているわけじゃないのに、それでも私は、私以外の女の子の頭を撫でているところを見るのは嫌だ。

 ううん。見るのだけじゃない……私以外(美奈ちゃんは除く)の女の子の頭を撫でてほしくない。

 ゲームのご褒美、真人の意思でしてるわけじゃないって自分に言い聞かせても、頭ではわかってるのに、心がどうしても拒否反応を起こしてしまう。

 私が独占欲がものすごく強い女の子だってことは、ずっと前から自覚している。

 だからこそ、ゲームだとわかっていても、真人が他の女の子を撫でるのは耐えられない。

 でも、こんなわがまま言えるわけがないよ。

 言っちゃったら、さすがの真人でもきっと私に嫌気がさしてしまいそうで……。

 でも、いつまでもここにいたらダメだよね。そろそろ真人の部屋に戻らないと。

 ここにずっといると、三人とも心配しちゃうだろうし、何より優しい真人が私に気を遣いそうで……。

 そうなったら、楽しいお泊まりも、どこかギクシャクしちゃって私も真人も心から楽しめなくなる。

 うん。難しいかもだけど、なるべく気にしないで、顔に出さないようにして戻ろう。

 明るい表情で戻ったら、きっと真人も心配しないだろうから。

「よしっ!」

 私は自分の両頬を、手で軽く叩き、ひとさし指で口元を吊り上げ、無理やり笑顔を作る。

 この表情で戻れば大丈夫。そう思ってソファから立ち上がろうとした瞬間。

「綾奈」

 廊下近くで、私を呼ぶ優しい声が聞こえたので、私は声がした方向に振り向いた。

 するとそこにいたのは、私の最愛の旦那様の真人だった。

「ま、真人……どうして?」

「綾奈と少しお話がしたくてね」

 そう言って、真人はゆっくりと私に近づいてきて、私のすぐ隣に座った。

「……私とお話したいことって?」

「綾奈。正直に答えてほしいんだけどさ……」

「う、うん」

 私は生唾をゴクリと飲む。

「綾奈が部屋から出ていったのって、俺がマコちゃんの頭を撫でるのを見るのが嫌だったから?」

 真人はわかってたんだ。私が部屋から出ていった理由。なら、私が誤魔化しても意味はない、よね。

「…………うん」

 私は間をおいて正直に答えた。

「やっぱり」

「ご、ごめんね。そんな理由でなかなか戻らなくて。私はもう大丈夫だから、美奈ちゃんとマコちゃんも心配するだろうから、部屋に戻ろ?」

 少し強引だけど、私は話を無理やり終わらせて立ち上がろうとした。

「待って綾奈」

 だけど、真人は立ち上がろうとした私の服の袖を掴んできたので、私は立ち上がることが出来なかった。

「俺、マコちゃんの頭は撫でてないよ」

「……へっ?」

 真人が何を言ったのか一瞬わからなかったので、返事をするのに間が空いてしまった。

 真人が頭を撫でてない? でも、撫でるのが優勝賞品だし、真面目な真人がそれを反故にするのは考えにくい。

 そもそも真人の後ろでニヤニヤしていた美奈ちゃんが納得するかも怪しいのに、どうやって頭を撫でずに済んだの?

「な、なんで?」

「実はね……」

 そう前置きをして、真人は私が部屋から出ていったあとの出来事を話し出した。

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