第206話 茉子の『お兄ちゃん』呼び

「ご、ごめんマコちゃん! ……えっと、やっぱり場所変わる?」

「だ、大丈夫ですから! 先輩はここにいてください」

 顔をバッと上げて言ってきたマコちゃん。耳同様、顔も真っ赤だった。

「そうだよお兄ちゃん。今は私たちの相手をしてよ」

「私たち……って、マコちゃんまで!?」

 美奈はそう言ってさらに距離を詰めてきた。美奈だけでなく、まさかのマコちゃんまで。

 少し動けば触れてしまいそうな程近い。

 マコちゃんはこんな事をする子じゃなかったのに……美奈に何か吹き込まれたんじゃないのかと心配になる。

「マコちゃん。無理しないでいいよ」

「え?」

「美奈に何を言われたのか知らないけど、無理してコイツに付き合わなくていいからね」

「お兄ちゃんひどっ!こうやって妹が二人で甘えてきてるのにそんなこと言っちゃうんだ!」

「妹……二人!?」

 俺は勢いよくマコちゃんに振り向く。マコちゃんは相変わら顔が赤く照れていた。さっきの美奈の発言が原因なのは言うまでもなく明らかだ。

「お前……マコちゃんを巻き込むなよ」

「巻き込むとは失礼なっ!マコちゃんは自分の意思でやってるんだからね!」

「え?……マジ?」

 再びマコちゃんの方を見たら、マコちゃんはまた顔を俯けていたが、ゆっくりと首を縦に振った。マジかよ。

「お兄ちゃん、前にマコちゃんは妹みたいな存在って言ってたんだから問題ないよね?」

「いや、確かに言ったが……」

 マコちゃんに、俺が兄貴でいいのか?と聞こうとしたら、突然マコちゃんが俺の服の袖を遠慮がちにつまんできた。

「だ、ダメ、ですか? ……お、お兄ちゃん」

「っ!」

 頬を真っ赤に染め、上目遣いで「お兄ちゃん」と呼ばれて思わずドキッとしてしまう。大人しく愛らしいのも相まって、破壊力抜群だ。

「…………真人?」

「はっ!」

 底冷えするような声が綾奈から聞こえてきたから綾奈を見たら、綾奈はにっこりした笑顔で俺をじっと見ていた。

 だが、その笑顔にはいつもの可愛らしさや愛おしさは感じられず、無理矢理笑顔をはりつけて怒りを抑え込もうとしているように感じられた。

「や、違う!あくまで妹としてだから!俺には綾奈しかいないから」

 ……なんで俺は、こんな浮気した男の言い訳みたいな言葉を口にしてるんだ?

「……本当?」

「本当だって!愛してるのは綾奈だけだって!」

 浮気なんてしてないのに。する気もないのに。

 今すぐ綾奈のそばに行って抱きしめたいのに、未だにマコちゃんが俺の袖をつまんでいるから動けない。……って、なんで美奈までマコちゃんと同じ様に袖をつまんでんだよ!?

「お、おい美奈!」

「何?私だってたまには大好きなお兄ちゃんに甘えたい時もあるんだから」

 兄としては嬉しい限りなんだけど、この状況に限っては嬉しくない。

 これ、綾奈の怒りに油を注いでいるだけなんじゃ……。

「むうぅぅぅぅ……」

 綾奈からは笑顔が剥がれ、頬をぷくっと膨らませて美奈を威嚇していた。相変わらず威嚇も可愛い。

「と、とにかくゲームを始めよう!」

 俺はローテーブルに置いてあったコントローラーを両手で掴み、半ば無理矢理妹二人(?)から手を離させた。

 ゲームが始まる前からだいぶ疲れた。




 な、何よ二人とも!真人と距離が近すぎない!?

 美奈ちゃんは真人が大好きだから、中学二年生の妹として、お兄ちゃんに甘えたくなるのもわかるけど、マコちゃんは本当に妹として甘えているの!?

 あんな上目遣いで真人を「お兄ちゃん」って呼んで……確かに凄くかわいかったし、真人のリアクションもわかるけど……むぅ、近すぎだよぉ。

 真人への恋愛感情はもうないって、直接マコちゃんに聞いたわけではないけど、美奈ちゃんはイタズラっぽい所もあるけど、本気で私の不安を煽るような事はしないし、マコちゃんのお兄ちゃんを慕う気持ちも本当なんだろうけど、でもやっぱり近いよ!

 真人は私の旦那様なのに!

 真人も満更じゃない顔をして。……バカ。

 でも真人は優しいから、無理に二人を引き剥がすと、きっと二人とも悲しくなっちゃうから、だから二人に強く出れないんだ。

 マコちゃんの感情も信じるし、真人の優しさもわかるんだけど、やっぱり落ち着かない。

 こうなったら、夜はいつも以上に甘えちゃうんだから!

 真人が離れたくなっても、私が満足するまで絶対に離れてあげないんだから。

 覚悟しててよね? 真人。

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