第197話 美奈がムカついたこと

 その日の夜、夕食を終えてからは、ベッドに寝転がってソシャゲをプレイしていた。

 ソシャゲをしているが、俺は集中出来てなくて、あることをずっと考えながらベッドの上をゴロゴロしていた。

 それは、千佳さんが来ている時に綾奈が送ったメッセージに、お風呂上がりに俺の部屋に来るという内容が書かれていたからだ。

 昨日も綾奈は俺の部屋に来ていたが、俺がお風呂に入っている間に来ていたみたいだし、今日みたいに予告もなく来ていたから、こんなふうにそわそわすることもなかった。部屋に綾奈がいたからびっくりしたくらいだ。

 だが、今日は俺の部屋に来ると予告された。いつ来るのかがわからないからずっとそわそわドキドキしている。あー落ち着かない。

「お兄ちゃん落ち着きなよ」

 美奈が俺を見て言った。

「いやー、綾奈が来るって思うとやっぱりそわそわ……って、いつの間に入ってきた!?」

 またこいつはノックもせずに勝手に入ってきて……しかもドアを開閉する音も聞こえなかったから忍び込んで来たな?

「え?一分くらい前からだよ。今回はちゃんとノックもしたのにお兄ちゃんの返事がなくて、それでそーっとドアを開けたらスマホとにらめっこしながらベッドでゴロゴロしてるんだもん」

 ノックはしていたのか。てか、毎回してくれ。

 俺は一度深呼吸をして上体を起こし、スマホをベッドの上に置いて美奈の方を向いた。

「で?なんでそんなに落ち着かないの?昨日だってイチャイチャしてたんでしょ?」

 なんで昨日イチャイチャしたことを知ってるんだ?……いや、昨日綾奈がここに来た時点でお察しか。

「そうなんだけどさ、この後綾奈が来ると考えるとどうしても意識してしまってな。部屋に入ったら居るのと、こうやって来るのを待っているのとでは全然違うんだよ」

「なんか、セックスする前にシャワーを浴びている彼女を待つ彼氏みたい」

 当たらずとも遠からずだから言い返せないな。だが家族全員がいる家の中で最後までするつもりなんてさらさら無いし、いくら弘樹さんとの約束の制約が緩くなったとはいえ、綾奈は多分キスより先をする事を怖がってしまうはずだから、そこは慎重に、さらに時間をかけてからにしようと思っている。それよりもだ。

「女の子がセックスなんて言うなよ」

「え~いいじゃん。私だってもうそこまで子供でもないんだし、クラスの男子はけっこう口にしてるよ。生々しい内容の話も教室でしていて、聞こえてないと思ってるっぽいけど丸聞こえでドン引きだよ」

 美奈は呆れながら嘆息している。

 中学二年の男子ならそういう事に興味津々だろうな。だが、女子のいない所で話せよと思う。

「気持ちはわかるが思春期真っ只中の男子だ。仕方ないだろうな」

「でも、たまにそっち系の話でお義姉ちゃんの名前が出るからけっこうイライラするよ」

 そう言って美奈は少し眉を吊り上げた。

「それは確かに。人の婚約者でゲスい妄想をしないでほしいな!」

 妄想してしまうのは仕方のないことだが、やはりそれを聞いて気分が悪くならないわけではない。

「それで、その男子達に文句言ったことがあるの。『私の義理のお姉ちゃんになる人で卑猥な妄想しないでよ!』ってね」

 美奈の奴、男子に突っかかっていったのか。確かに美奈は綾奈が大好きで隙あらばベタベタしているけど、男子生徒に文句を言うのは予想外だった。

「マジかよ。……それで、その男子はなんて言ったんだ?」

「『お前の兄貴って、あのすげーデブの先輩だろ?そんなのがあの綾奈先輩と結婚出来るわけないし、それ以前に綾奈先輩がお前の兄貴なんか相手にするわけないだろ』ってゲラゲラ笑いながら言われた。お義姉ちゃんを気安く名前で呼んで、お兄ちゃんまでバカにされて手が出そうになったけど何とか堪えたよ」

「よく堪えたな。それに、辛い思いをさせて悪かったな」

 俺は美奈の近くに行き、下を向いている美奈の頭を撫でた。

 まぁ、その男子だけじゃなく、大概の人ならそう思うだろうな。俺自身だって一年前はそいつと同じようなことを思ってたし。

「お兄ちゃんは悪くないよ!悪いのはどう考えてもそんなことを言った男子だもん!……思い出したらまたムカムカしてきた。お兄ちゃん!」

 俺を呼んだ美奈は、バッと勢いよく顔を上げて俺を見てきた。美奈の眉はさっきより吊り上がっていてる。突然のことで、俺は美奈の頭から手を離した。

「な、何だ?」

「もしそいつらに会うことがあったら、お義姉ちゃんとのラブラブなところを見せてやってよ!」

「いや、そもそも俺はそいつらの顔を知らないし」

 そう言うと、美奈はスマホを操作し始めた。一体どうしたんだ?

 数秒後、美奈はスマホの画面を俺に向けてきた。その画面には、見るからに陽キャな男子生徒が三人写っていた。

「こいつらだよ!しかもこいつら、『綾奈先輩に会ったら告白する』とか、『俺だったら絶対綾奈先輩はオチる』とかふざけたことばかり言ってたんだよ!? 許せないよね!?」

 確かに見た目はイケメンだ。タイプは違うけど一人は中村と同じレベル、もう二人は阿島くらいのかっこよさがある。

 だが、美奈の話を聞く限りでは顔がいいだけにしか見えない。そんな奴が綾奈に告白しても玉砕するだけだろうな。

 人にマウントを取るのはあまり好きではないが、自分の大切な婚約者でゲスい妄想をしていることを知ってしまったのと、俺の大切な妹もバカにされて大人しくしているほど俺はお人好しではない。

「わかった。会うかどうかわからないけど、その時は任せろ」

「うん!よろしくねお兄ちゃん」

 こうして俺は、美奈と約束をした。綾奈の許可を取らなかったけど、綾奈は人前でも俺にくっつこうとするから問題ないだろ。

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