第190話 綾奈を起こそう

「綾奈、起きて」

 綾奈に声をかけ、肩を揺すった。

「……うみゅぅ」

「かわいっ」

 何さっきの声!? 感想が自然と口から出たんだけど。

 さっきの綾奈の声でまた理性が崩れそうになったけど、なんとか踏みとどまる。

「綾奈、起きないと遅刻するよ」

「みゅぅ……いまは、ふゆやすみぃ……」

 くそ、遅刻をチラつかせても起きない。なかなかてごわ…………ん?

 今、会話のキャッチボールが出来てなかったか? いや、あまりにベタな内容だったから気のせいかな?

 もうひとつ、何か質問を投げかけてみるか。

「綾奈、千佳さんが来るから起きないと」

 今日、千佳さんが来るのは本当だ。

 実は昨日、回転寿司を堪能している時に綾奈が言っていたのだけど、どうやら千佳さんと冬休みの宿題を一緒にすることを約束していたらしく、綾奈が俺の家に泊まっていることを聞いた千佳さんが、俺の家に来たいと言っていたみたいなのだ。

 そのことを俺の家族に言うと、父さんは仕事でいないし、母さんは明日は友達と出かけるから日中はいない。美奈は千佳さんに懐いているから大喜びだった。

 彼氏持ちの千佳さんが、綾奈がいるとはいえ男の家に一人で来るのはどうなんだろう? 千佳さんも健太郎も俺のことを信頼してくれているからだと思うし、俺も婚約者がいるから決して手を出そうとは思わないんだけど。仮に千佳さんに手を出そうものなら、その時点で千佳さんにボコられて終わるだろう。

 さて、綾奈の反応は?

「ん~……ちぃちゃん、くるのおひる~……みゅ~」

「…………」

 キャッチボール、出来てるよな?

 そもそも綾奈は真面目な性格だ。不摂生な生活なんてしないだろうし、 相当遅い時間に寝ない限りはいつも通りの時間に目が覚めているはずだ。……何時頃に目が覚めるのかはわからないけど。

 それ以前に、人の家に泊まっている綾奈がいつまでも寝ているのは考えられない。

「綾奈」

「……みゅ~」

 その返事は出来ればやめてほしい。耳は幸せなんだけど、心臓と理性に悪い。

「起きないと、キスするよ?」

「……!」

 綾奈の身体がピクっと反応した。

 まさか俺が、イケメンにのみ許されるセリフを言う日が来るとは思わなかった。ちょっと恥ずかしくて死にそうだ。

 綾奈はさっきまで寝息を立てていたのに、それも止まった。

 それから綾奈は、俺に密着させていた身体を少しだけ離し、横向きに寝ていた身体を四十五度ほど外側に傾け、顎を上げた。

 完全にキス待ちの体勢である。

 再び寝息を立てているけど完全にフリで、綾奈の頬は赤くなっている。

「「…………」」

 俺も綾奈も動かない。

 あ、今綾奈の目が少しだけ開いてすぐに閉じた。

 なかなかキスしてこないから薄目で確認しようとしたんだろうけど、バレバレだよ。

「朝ごはんなにかなー?」

 俺は白々しくも、今日の朝食に思いを馳せる。

「…………してよぉ」

 綾奈がしびれを切らしたのか、目を開け、すがるような声を出した。

「おはよう。綾奈」

「お、おはよう真人。あの……」

「そろそろ朝ごはん出来てると思うから降りようか」

「う、うん。……あの、その前に」

「ん?」

「キ、キスしてくれるんじゃ……」

 俺がキスをしなかったから、凄く訴えるようなうるうるした目で言ってくる綾奈。そんなに俺とキスをしたかったのかと思うとドキドキする。

 ここで素直にキスをしたら、綾奈は喜ぶと思うんだけど、もうちょっと焦らしてみようかな。それと同時に、この間に理性の立て直しをはかる。

「だって綾奈起きてたでしょ?」

「い、今起きたもん!」

「あれれ~? おっかしいな~。今起きたなら俺がさっき言っていた言葉は聞こえていないはずなんだけどな~」

 某少年探偵が言っている有名なセリフを使いながらツッコミを入れていく。俺が使うと似合わないな。

「あぅ……」

「それに、その前も会話が出来ていたから、けっこう前に起きてたんじゃない?」

「…………はい」

 言い逃れは出来ないと思ったのか、狸寝入りをしていたのを自白した綾奈。その顔はしょんぼりしていた。

「……起きてたから、ちゅうは、やっぱりナシだよね?」

 どうしてもキスを諦めきれないのか、上目遣いで言ってくる綾奈。破壊力抜群だ。

 そんな目をして言われると弱いので、俺は一秒ほどの短いキスを綾奈にした。

 会話をしたことで、理性も多少持ち直したので、キス以上のことをしようとは思わなかった。

「……えへへ♡」

 さっきまでの悲しそうな表情はどこへやら。綾奈は頬を赤くして照れくさそうに笑った。キスでこんなに喜んでくれるのは嬉しいんだけど、チョロすぎて大丈夫なのかと心配になる。

「さ、朝ごはん食べにいこう」

「うん」

 俺たちは笑いあってベッドから降りた。

 ローテーブルには、昨夜使った二つのマグカップがそのまま置かれているので、俺はそれを持ってリビングへと向かった。

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