第187話 一方、美奈は……

(はぁ、相変わらずラブラブだなぁ)

 ここは真人の部屋の隣の美奈の部屋。

 彼女は今、部屋の壁に耳をそば立てている。はたから見たら不審者と間違われても文句は言えない格好だ。

 その理由は単純明快。兄、真人と、その婚約者の綾奈の会話を盗み聞くためだ。

 その行為自体は褒められたものではないが、そこは十四歳の中学二年生。お年頃の美奈は、あの二人が一体どんな会話をするのか、会話だけで済むのかも含めて興味津々だった。

(あれ?お兄ちゃんがまたリビングに戻っていっちゃった。どうしたんだろう?)

 真人が自分の部屋の扉を開けたかと思ったら、またすぐにリビングに降りていったことを不思議に思った美奈だったが、すぐにその理由を知ることとなる。

『はい、どうぞ』

『わぁ、ありがとう真人』

 そんな会話の後に、コトッというテーブルに何かを置く音が聞こえた。

(なるほど。お義姉ちゃんの飲み物を取りに行ってたんだ。お兄ちゃんやるなぁ)

 真人のさり気ない優しさに感心する美奈。

 それから話は真人の猫舌の話題になる。

(あー、確かにお兄ちゃんは猫舌だもんね。というか、お義姉ちゃんのお母さんにお鍋をご馳走になったんだ)

 兄弟だから、美奈は真人が猫舌なのを知っていて当然だったが、それよりも、綾奈の母である明奈の作ったお鍋に興味をそそられる美奈。

(いつか、私も食べてみたいな。お義姉ちゃん、招待してくれないかな?)

 綾奈なら美奈が頼めば二つ返事で招待してくれるだろうし、明奈も真人の妹が来るとなると腕によりをかけて手料理を振舞ってくれるだろう。

(いつか頼んでみよう)

 それからも盗み聞きは続く。

『これからも真人のこと、もっと教えてね』

『わ、わかった。綾奈のことも、もっと教えてね』

『もちろん♡真人にもっともっと私を知ってほしいもん』

『お、おう』

(お、いい雰囲気。き、キスするのかな?)

 美奈が二人のキスを期待している中、それからしばらくして聞こえてきたのはドライヤーの音だった。

(そういえば、お兄ちゃんがお風呂上がりに髪を乾かさないって教えたら、お義姉ちゃん自分のドライヤーを持ってお兄ちゃんの部屋に行ったもんね)

 ドライヤーの音がうるさくて、二人の会話が聞き取れない状況に、美奈はモヤモヤした気持ちになった。

(これは仕方のないことなんだけど、一体何を話しているんだろう?)

 二人の会話を想像しながら、同時に真人が綾奈に髪を乾かしてもらっている姿を想像する。

(気持ち悪っ!)

 それと同時に、真人の気持ちよさそうな、恍惚としている表情を想像してしまい、心の中でつい本音がもれてしまった。

(お兄ちゃんに限らず、家族のそんな表情は見たくないな……)

 しばらくして、ドライヤーの音が止まった。

『綾奈、どうもありがんん!?』

(!?)

 真人が綾奈にお礼を言おうとして、その言葉が途中で遮られたのを聞いて、美奈の身体はビクッと跳ねた。

(こ、これって……お義姉ちゃんからキスしてる!?)

 真人の言葉が遮られる理由は、美奈はそれ以外に考えつかなかった。

(お、お義姉ちゃん……やっぱり大胆だなぁ)

 以前、真人と綾奈がキスをしている場面を目撃してしまった事がある美奈。その時も綾奈からキスをしていたので、美奈は、偶然にも見てしまった焦りと、綾奈の見かけによらない大胆さに驚いていた。

(え?ちょっと……な、長くない!?)

 待てど、いっこうに二人の会話が聞こえてこない。もう一分以上もそれが続き、美奈の心境は穏やかではなくなっていった。

『ぷはぁっ!』

(!?)

 ようやく声が聞こえたと思ったら、真人のそんな声だった。まるで、綾奈が真人の唇を離さないかのようなシチュエーションに、美奈の心臓はさらにドキドキとし、落ち着きを放棄していった。

 それから話は綾奈がいつから真人とキスをしたかったかという話になる。

(え!? お義姉ちゃん、そんな前からキスしたかったの!? うわぁ、私、けっこうお邪魔してしまったよね)

 綾奈が泊まりに来てくれる嬉しさから、つい綾奈を独占しようと動いてしまった美奈は少々罪悪感にさいなまれた。

(で、でも、お義姉ちゃんの話を聞くと、私が間に入らなかったら、お義姉ちゃんはきっと我慢出来なくなって私たちの前でもキスしてたと思うから結果オーライってことにしとこう)

 途中から、自分でも何を言っているのかわからなくなった美奈だが、仮に綾奈が家族の前で真人にキスをしていたら、微妙な空気になってしまった筈なので、自分が綾奈にべったりだった事により、その空気を作らずに済んだと思うようにし、罪悪感を打ち消した。

 そこからも二人のキスは続き、恥ずかしさのあまり耐えられなくなった美奈は、そーっと壁から耳を離し、静かにリビングに降りて行った。

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