第185話 真人の髪を乾かす綾奈

 視線を綾奈の顔に戻すと、気のせいかさっきより僅かに近くなった気がする。

 そういえば、今日はまだ一度もキスをしていないよな。

 今まで二人きりになれなかったから仕方ないけど、今は誰も邪魔する人はいない。隣の美奈の部屋からも物音は聞こえてこないから、多分もう寝てるんだろう。今日は午前中から部屋の掃除をしていたし、綾奈の家に行った頃からはしゃいでたし。

 俺は右手で綾奈の左頬に触れようとして、だけどその前に、綾奈が左手で俺の頭に手を置いた。

「あ、綾奈?」

 一体なぜ俺の頭をぽんぽんしているのだろう?可愛いを連呼したから撫でたくなったのかな?

「ん~、やっぱりまだ濡れてるね」

「え?」

 どうやら俺の予想は外れたみたいだ。

「真人、髪乾かしてあげるね」

 そう言うと、綾奈はローテーブルの下からドライヤーを取り出した。

「なんでドライヤーを用意してるんだ?」

「美奈ちゃんから聞いたんだけど、真人ってお風呂上がりに髪を乾かさないんだよね?」

「う、うん」

「だから、私が乾かしてあげようと思って」

 なんか、微妙に理由になっていないような気が……。

「そ、それに───」

「ん?」

 おっと、まだ続きがあったみたいだ。俺は綾奈の次の言葉を待つ。

「こうやって、旦那様の髪を乾かすの、すごく夫婦や恋人っぽいから、やってみたかったんだ」

「そ、そうなんだ」

 頬を赤らめてそんなことを言う綾奈が可愛くて、思わず顔を逸らす。顔が熱い。

 その理由は、風呂上がりとか、ホットミルクを飲んだからではないみたいだ。

 綾奈はドライヤー本体に巻きついているコードを伸ばし、それをコンセントに差し込むと、俺のすぐ後ろに移動し膝立ちになった。

 ドライヤーのスイッチを入れたのか、俺のすぐ後ろでブオーッという音が聞こえる。

 それからすぐに温かい風が俺の髪にあたり、綾奈の手が俺の髪に添えられる。

「熱くない?」

「うん。丁度いいよ」

 ドライヤーの温かい風と、綾奈が優しく俺の髪をく感触がとても心地いい。

 やばい、これは気持ちいいわ。

 後頭部を乾かし終えたのか、次は頭頂部に風があてられる。

「真人の髪って硬いね」

 相変わらずの優しい手つきで俺の髪を梳きながら、綾奈は言った。

 そう、俺の髪は硬いし毛量も多いのだ。父さんも四十代後半だけどまだまだふさふさだ。

 散髪に行くと、よくお店の人にも言われる。それと同時に「これは将来絶対にハゲない」とも言われた。

「よく言われる。散髪屋の人にも「絶対ハゲない」ってお墨付きももらってるよ」

「そうなんだね。でも、もし真人がハゲちゃっても、私は変わらずに真人を愛すから安心してね」

「ぶっ!」

 綾奈からの予想外のカウンターに、思わず吹き出してしまった。

「ど、どうしたの!?」

「な、なんでもないよ」

 慌てて取り繕ったけど、心臓がバクバクしている。

 少しして、どうにか平常心を取り戻す。

「綾奈」

「な~に?」

「これ、すごく気持ちいいね」

 俺は、素直な感想を綾奈に伝えた。

「本当!?」

「うん。またしてくれる?」

「もちろん。えへへ」

 綾奈が、また俺の髪を乾かしてくれることを二つ返事で了承してくれた。正直、これは毎日でも頼みたくなる。

「……真人も、私の髪を乾かしてくれる?」

「綾奈より下手だと思うけどいい?」

「もちろん。真人にしてもらいたいから」

「わかった。いつでも言って」

「うん♡」

 俺が綾奈の髪を乾かす約束もした。

 髪を乾かし合うのって、想像するとすごく恋人っぽいな。

 俺は顔が熱くなりながらも、綾奈の髪を乾かす姿を想像して口元が緩んだ。

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